2008年4月16日

桜花図鑑(1) 普賢象

 今年、見たいと思った桜があった。その桜とは、「二尊院普賢象」。普賢象とはまったく別の系統の桜で、嵯峨の二尊院で古くから栽培されていた、珍しい桜だということだ。先日の休みに二尊院まで出かけてみたが、遅咲きのこの桜はまだ咲いておらず、本数もそうあるわけではないのだろう。どれがその木とは見分けられなかった。

028_2  調べるうちに、千本ゑんま堂にもこの木が1本あるとの情報を得て、ならば、と、今日は遅番だったので、出勤前に千本ゑんま堂へ行く。千本ゑんま堂、正しくは「引接寺(いんじょうじ)と言う。小さいが、夏のおしょらいさんを迎えるお寺としても、ゑんま堂狂言でも有名なお寺である。

 毎月16日は閻魔大王の縁日らしく、ご本尊が拝める日らしい。 003_2

 迫力の閻魔大王。これはすごい。しっかり拝んだあと、すぐ近くまで行ってまじまじと見ていると、住職がやってきて法要が始まるようだった。集まっていた人たちは主にご近所の信者さんらしかった。ちなみにここは真言宗。

 閻魔大王の本地は地蔵菩薩であることを、張ってあった本地仏の表を見て思い出した。「本地」とかのことばがわかんない人は、「神仏習合」とか「本地垂迹説」といったキーワードで調べてみてねcherry018_3

 普賢象

 造幣局の、今年の桜にも選ばれた桜。突然変異種らしく、種ができない、花はあっても実のない桜。花は散るのではなくて、そのままの形で落ちるのだとか。 

 今日初めて知ったことであるが、ここ、千本ゑんま堂は「普賢象」の発祥の地だということだ。ここの普賢象を「ゑんまどうふげん」と呼び、室町時代からあると言う。

 ではなぜ、この桜を普賢象と呼ぶのか?

 普賢菩薩の図像を見れば、この菩薩は必ず白い象に乗っている。「普賢象」とはこの象のこと。神仏と動物の決まった組み合わせというのはよくあって、他には、文殊菩薩と獅子、孔雀明王と孔雀などというのがある。

 重なった花弁の中心から長く伸びる、葉化した雌しべが、象の鼻や牙に似ていることからこの名がついた。非常に古い品種で、室町時代からこの名で呼ばれていたのだそう。013014_2 

 二尊院普賢象

 中心部のピンクの色が濃い、菊咲きの桜。まだもうちょっと開き切っていない感じ。確かに、普賢象とは雰囲気の違う桜だ。珍しい桜だそうで、ここと、二尊院と、大阪の造幣局にもあるらしい。

 風かよふ寝覚めの袖の花の香にかをるまくらの春の夜の夢。

 八重はそろそろ花の盛りですね。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

桜花図鑑(2) 御衣黄

 いろいろな種類があって楽しいのが八重の桜。造幣局に行けば、たくさんの種類の桜がいっぺんに見られるけれど、京都のそこここにあるさまざまな桜を一つ一つ見に行くのもおもしろい。043       

 ゑんま堂から歩いて、雨宝院へ。去年と同じく、御衣黄(ぎょいこう)を見に・・・。この小さなお寺は、西陣聖天とも呼ばれ、大聖歓喜天を祀る。

 歓喜桜に、観音桜、花の盛りには狭い境内は桜の花で埋まるよう・・・。034039 

 御衣黄

 緑の桜。よく見ると花びらの真ん中に濃いピンクの筋がある。初めて見たのは造幣局でだった。なんとなく目立たないのだけれど、好きな桜の一つ。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2008年4月14日

春の和歌山(2) 加太へ

 お昼を過ぎる頃には厚い雲の隙間から、明るい春の日が射し、晴れて、絶好の和歌山日和となった。和歌山は、太陽の光にきらきらと輝いている明るいイメージ。だからこんな日は和歌山日和(笑)。出かける前は、根来寺に行こうかなと思っていたのを急遽変更。やっぱり、加太へ行こう!

 加太という土地の名を、そこで結婚式を挙げた友人から初めて聞いたのはもう15年近くも前のこと。それ以来、何人もの人が、どういうわけかわたしに加太の話をする。その人たちがお互いに知り合い同士なわけでもないのに。最近では読んでいた酒井順子さんの本にも加太の名が・・・(笑)。そんなわけで、ずっと気になっていたのだけれど、どんなところなのだろうと想像するばかりで行ったことのなかった土地。暖かくなったら、一度行ってみようと思っていた。和歌山日和を待っていたのだ(笑)。

Photo_3 和歌山まで戻って、井出商店(有名店らしい)という店で、最近メジャーな和歌山ラーメンめはりずしで遅い昼食。バスで、南海の和歌山市駅まで行って、さらに南海加太線に乗り換えて20分少々。これものんびりと町の中を走る電車だ。加太は終点。海がきれいだと聞く。途中でちょっとだけ海が見えたけれど、すぐに隠れて見えなくなってしまって、駅の周辺を見ただけでは、海の近くだということはあまりわからない。観光案内所でマップをもらって、淡島神社まで歩いてみることにする。

.011_3

しばらく歩くと海が見えた。果たして加太は、漁港であった。停留する漁船、友ヶ島へ渡る連絡船、風に揺れるわかめに、潮の香り。和歌山市内なのに、なんだか遠くに来たんだなあ、という感じがして、そんな気分が、まさに旅。京都市内に住む人にとって、海は日常の風景ではないから、それだけでも旅の気分がするものなのだ。

.018_2

 陽光きらめく加太の海は穏やかでとてもきれい。想像していたのはもっと断崖絶壁(なんで?)の海だったので(笑)、やさしげな海の風景にちょっとびっくり。

 いいなあ。海ってこの前はいつ見たっけ?春の海ひねもすのたりのたりかな。ゆったりした気分になるみたい。

.014

 3月3日の雛流しで有名な淡島神社。うちの近所の粟島堂も、こちらとつながりがあって、やはり女人守護と人形供養の寺となっている。

 粟島堂の駒札によれば、

 「寺伝によれば、応永年間(1349~1428)南慶和尚が紀伊国(和歌山県)淡嶋から淡嶋明神を勧請して上洛する際。当地あたりで急に御神体が重くなったので神意としてここに祀ったのが起こりといわれている。以来。宗徳寺の鎮守社。粟島神社として祀られてきたが、明治時代の神仏分離により粟島堂と改められた。」

 粟島堂は子どもの頃から馴染んだお寺だし、そういうゆかりのあるところにお参りできたのは本当によかった。017

 さすがは人形供養の神社。そう広くはない境内のそこここに、人形がびっしりと並んでいる。こうして年に一回の供養の日を待っているのだろうか。わたしも。祖母に2歳のときに買ってもらった赤ちゃん人形を今も持っている。ぼろぼろになってしまっているのに未だに手放せないでいる。人形は、人の思いの籠るもの。形代だからね。そうそう捨てたりできるものではない。 010  

 初めて訪ねた加太は、こんなところでした。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

春の和歌山(1) 第三番 風猛山 粉河寺 

ちちははの 恵みも深き 粉河寺 ほとけのちかひ たのもしの身や

 春の和歌山へ、西国三十三ヶ所札所巡りの旅。1番・青岸渡寺、2番・紀三井寺、そしてこの3番・粉河寺で、和歌山の札所はすべて回ったことになる。

 8時36分京都発のオーシャンアローに乗って一路和歌山へ。特急に乗ると和歌山は近い(注・南紀に行くのでなければ)。和歌山から和歌山線に乗り換えてさらに30分ほど。二両編成の電車は家と畑の間をのんびりと走る各駅停車。整理券を取る方式のワンマンカーのJRの電車は初めて見たし、初めて乗った。こんなローカル線にのんびりと揺られていると、女テツになったような気分(笑)。

 和歌山らしく、沿線の桃の林では、かわいらしい桃の花が濃いピンクの花をつけている。粉河に着いて南の山を見れば、山の中腹が桜の花で白く見える。外山の霞立たずもあらなむ・・・。いいなあ、こういう春の風景。003 004

 粉河寺は、鎌倉時代には七堂伽藍が立ち並ぶ偉容を誇ったが、豊臣秀吉の紀州攻めで伽藍や寺宝の多くが消失。そのときにご本尊の千手千眼観音菩薩も消失し、今は頭部のみが残っているのだそう。でもそれは永遠の秘仏だそうで、決してご開帳されることはない。

 300円の志納金を払えば、内陣を拝観できるのだが、これはお金を払っても見ておくべき。とにかく間近で仏像などが見られるのがすごい。何もかもが目の前に、手に取って見られるところにある。ちょっと京都のお寺などでは考えられないことだ。法具が大好きなので、まじまじと近くで見る。

 粉河寺と言えば、国宝の「粉河寺縁起絵巻」!ぜひ見なければ、と思っていたら、なんとこれは、京都国立博物館に寄託中。←よく調べておけよ~(笑)。006

 お参りを済ませ、御朱印をいただいた後は、のんびりと境内を散策する。着いたときには札所ツアーの団体さんがいたのだが、彼らが帰った後は広い境内にほとんど人はなく、非常に静か。名残の桜が、風が吹くたびはらはらと空に舞う。時折雨のぱらついていた曇天も、正午過ぎからは急速に晴れて、雲間から明るい春の日も射してきた。

 009_2 京都のお寺を見慣れているため、他の地方のお寺に行くと、ちょっと雰囲気が違うことをよく感じる。たぶんそれは建築様式であったり、建物の造りであったり、東北などに行くと顕著であるが、仏像の持つ雰囲気であったり、いろいろ。

 この写真は、桃山時代に造られたという、3種類の大きな紀州石を配した枯山水庭園。見ればソテツの木が植えられていて、こういったところも南国らしく、京都とは違う雰囲気を醸し出していると思う。001_2 005

 参道の脇には、お寺の名前の由来となった粉川(長屋川)の流れ。

 ゆったりと、静かな時間が流れる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月 6日

洛西桜散策(3) 花のもとにて

 一時間に一本のバスに乗り、また灰方まで戻って乗り換え、今度は大原野神社へ向かう。038_3

 春日大社から分霊した、洛西の古社である。拝殿は美しい朱赤に塗られ、やはり春日大社とよく似ている。狛犬も鹿(狛鹿?)、御手洗の上に彫られているのも鹿。044

 思ったほど境内に桜はなかったが、それでもそこここできれいな花を咲かせている。「千眼桜」はまだつぼみ。背の低い枝垂れ桜で、咲くとさぞかし美しいだろうと思わせた。

039_2

 「瀬和井(せがい)」

 清和天皇の産湯の清水と言われている名水。多くの歌に詠まれた名泉だったらしいが、今はびみょ~、な雰囲気(笑)。

 大原野神社の参道から勝持寺へ抜ける近道があったのでそこを通ってみる。竹林を抜け、整備されたゆるやかな坂道を登って行くと、行く手に桜が見えてくる。048

 通称「花の寺」とも言われる、西行ゆかりの寺、勝持寺。鳥羽天皇の北面の武士、佐藤義清(さとうのりきよ)が、この寺で出家し、西行と名を改め、庵を結んで一本の桜を植えたことから、その通称で呼ばれるようになったという。 

061

 

 約100本あるという境内の桜は満開で、「花の寺」の名に負けない見事な花景色。染井吉野だけではなく、何種類かあって、淡い桜色と、紅しだれの濃い桃色が交錯する様子も美しい。

.050_3 053

 名桜、「西行桜」。

 背が高く、複雑な細い枝ぶりをした見事なしだれ桜で、下から見上げると、花のシャワーのよう・・・。午後遅い時間の、弱まりつつある光の下で見るとさらに柔らかな陰影が増して、しみじみと美しい。

 見る位置を変えながら、何度も何度も桜を見上げ、長い時を花のもとで過ごした。

 願はくは花のもとにて春死なむ そのきさらぎの望月の頃  西行                            

| | コメント (4) | トラックバック (0)

洛西桜散策(2) 第二十番 西山 善峯寺

  野をもすぎ 山路にむかふ 雨の空 よし峯よりも 晴るる夕立015

 春の訪れと共に、西国三十三ケ所札所巡り復活!

 洛西バスターミナルからバスに乗り、灰方で降りて、乗り換えのバスを待つこと30分。乗ってしまえば、険しく細い坂道を登って、5分ちょっとで善峯寺のかなり近くまで行けた。このお寺に来るのは二回目。でもそのときはまだ札所巡りをしていなかったので、御朱印をもらっていないのだ。032_2

 市内を、また、晴れた日には大阪までもが一望できるという高い山の上に建つお寺。札所は多くの場合、行くのに不便な険しい山の中にあるが、考えればそれは当たり前のことで、俗世間から距離を置くためにわざわざそうしているのだ。

 登って、降りて、回遊する庭園にはいくつものビューポイントがある。よく晴れてはいるが、春なので薄く霞がかかったような感じの眺めだ。 017

 ご本尊は、千手観世音菩薩。本堂でお参りして(本当はちゃんと観音経が納経できればよいのだけれど)、無事、御朱印ゲット!!

 この御朱印は、書く人によって好みはあるけれども、どの人が書いてもやはり達筆。各札所に、老若男女書き手はおられるようだが、どのような方々なのだろうか。024

 善峯寺と言えば、この、天然記念物の「遊龍松」。なぜ天然記念物なのか。左の写真のどれが松なのか。正解は、画面の左端から右端まで水平にまっすぐ伸びているのが松。枝が長く長く、横に伸びて、松の枝をくぐって道があったりする。なんとも不思議な形が龍に似ているというので、遊龍松と呼ばれる。樹齢は約600年。以前はもっと長く、54mあったのだそうだが、平成6年に松くい虫にやられて15mほど切られたのだとか。

 また、ここは桂昌院ゆかりのお寺。桂昌院というのは、徳川5代将軍綱吉の生母で、元は京の八百屋の娘なのだとか。名前は「お玉」。だから「玉の輿」??034_3

 「桂昌院お手植えの枝垂れ桜

  今を春べと咲くやこの花・・・。

 

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2008年2月12日

初午

001_2  今日は初午。和銅4年の初午の日に、稲荷の神様が稲荷山に鎮座ましました日で、 お稲荷さんの大きな祭の日である。昨年同様、今年もお参りに行く。

 昨日とはうって変わった冷たい雨の降る悪天候だったが、午前中に出かけた。雨なのでお山はどうかなあ・・と思っていたのだが、ガッツだぜ~パワフルだましい~♪と、お山もしてきた。

 上の写真は、初午のお供えものの山。色とりどりの野菜や果物、魚、お酒、お菓子、中には食べ物でないものまでがきれいにうず高く積まれている。さすがに境内に人は多く、ご祈祷も既に順番待ちの列が長くなっている。お参りを済ませ、奥宮にも行く。おみくじを引けば、13番・大吉で(初詣のときにひいたのは「凶後吉」だったのでよく当たっている。既に吉になったようだ)、重軽石は軽かった。すばらしい!よい神意が告げられたときにこそ、気をひきしめて生活するべきことである。

 さてお山へ・・・。熊鷹社はいつ来てもろうそくの大きな炎が何本もゆらめき、神秘的な雰囲気がただよっており、並々ならぬ気配のようなものを感じるのだが、ここはいったいどのような神様が坐すのだろう。よほど神威が強いのか、今日も神前に座って一心不乱に祝詞(?)を唱える男性あり。

003_2  四つ辻からの眺め。どんよりと雲が垂れ込め、市街は雨で暗くかすんでいる。002_2 006 005

 この四つ辻にあるのが、荒神峰の田中社の御神蹟。わたしの住む地域はすべてこの田中社の氏子であるので、まずここをお参りしてから、一の峰、二の峰、三の峰へと、ぐるっと一巡する。004

 一の峰は、上ノ社の御神蹟。ここが稲荷山の頂上(239m)に当たる。次は二の峰、中ノ社の御神蹟。次は間の峰、荷田社の御神蹟。そして三の峰、下ノ社の御神蹟。

 すべての峰でお参り。稲荷の神様がこの地に鎮座ましまし、永きに渡って坐すこと、そして今年もこの初午の日に、ここまで自分の足で山を登って来られるほどの、体力、気力や元気といろんな意味での余裕があったことについて感謝を申し述べる。神仏にお参りする第一義は、決して祈願」ではない。間違えちゃいけない。まずあるのは、今、無事あることへの感謝だ。神仏の前は、他者によって支えられている自分を認識し、自らを戒める場でもあるとわたしは思う。

 ここで疑問。この五つの御神蹟の内、荷田社は少し系統が違う(?)と思うのだけれど、稲荷の神様五柱の内、四大神(しのおおかみ)の御神蹟はどこにあるのだろう。もっと下の方に、今は殿社はなく、周辺一体を祀る形であるらしいのだが、また今回もわからなかった。

 三の峰のお参りを済ますと、すぐにまた最初の四つ辻のところに、ぽん!と出る。コンプリート!

 産湯を経由して本社に戻る方の道を行く。途中、毎日新聞社のお社である「毎日稲荷」があって、今年もまた新聞社の社員さんが大勢いて、その場の焚き火で炒ったごまめと、御神酒を配っていた。お隣は「広告稲荷」。うながされるまま、両社にお参り。お山をした後でのどが渇いていたので、つい御神酒を全部飲んだ。ほぼイッキ飲み・・・。

 途中、「足腰不動尊」が目に止まったので、腰を悪くしている父のためにお参りしてからケータイストラップのような、足腰のお守りを受ける。続いて荒木神社にもお参り。まるでお稲荷さんの末社のように並ぶ、新興宗教の施設には決して立ち入らず、本社に戻ってあいさつして帰る。

 さて。初午の日に食べるものは何でしょう?

 007

 それは畑菜の辛子和えです。香ばしく焼いて刻んだおあげも加えよう。お稲荷さんのお祭りだからね。器は祖母が結婚したときに買ったという、ざっと75年くらい前のもの。とても丈夫なのでまだ現役(笑)。畑菜もこの器も、子どもの頃からのわたしのお気に入り。 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年2月 3日

節分

 「月も朧に白魚の、篝もかすむ春の空。冷たい風もほろ酔ひに、心持ちよくうかうかと、浮かれ烏のただ一羽。塒(ねぐら)へ帰る川端で、棹の滴(しずく)か濡れ手で泡。思ひがけなく手に入る百両。

 ほんに今夜は節分(としこし)か。西の海より川の中、落ちた夜鷹は厄落とし。豆沢山に一文の、銭と違つた金包み。こいつァ春から、縁起がいいわへ。」~三人吉三廓初買 by河竹黙阿弥

 声に出して読んでこそ真価がわかる河竹黙阿弥。気持ちいい~(笑)。いいゼ、黙阿弥!

 早いもので、もう節分。梅はまだかと、嫌いな冬にも先が見えてきてちょっとほっとする時分である。020_2

  節分に壬生さん(壬生寺)に、古い御札類と豆と炮烙(ほうらく)を納めに行くのはわが家のマストな行事。朝、神さんと仏さんに豆を上げて、壬生さんに持っていく豆を数える。今年の満年齢+1個。祖母の分98個を数えたら、ちょうど豆がなくなった。

 昼食後、散歩がてら歩いて行く。日曜日ともあって、かなりの人出。最近は観光客の姿もちらほら。まず古い御札を納めてから炮烙を書く。いつも上手に筆を使えなくて、小学生の習字みたいになってしまう。書けたら奉納。お線香を上げて、煙を体に擦り付ける。そしてお参り。お賽銭と持ってきた豆をお賽銭箱に入れる。真言、「オンカカカ ビサンマエイ ソワカ」と書いてあるので唱える。べつに「南無地蔵菩薩」でもいいと思う。019_2

 これが炮烙。裏に、○○家 家内安全(などの願い事) 家族構成(性別と年齢)、たとえば、「女 98歳」とかを炮烙の店に張ってある便利な表を見て墨で記入する。これが壬生狂言の「炮烙割り」で派手に割られる。

 水掛け地蔵、弁財天など、一通りお参りしておしまい。いつものことながら、マストな行事を終えると、大げさだけれど、肩の荷を降ろした気分になるものだ。やれやれと思ってまた歩いて帰る。

 盧山寺の鬼の法楽を見たことがなかったので、今年は行ってみようかと思っていたが、天候が悪いので断念。壬生さんは、マストなので雨が降ろうが槍が降ろうが行かなくてはならないが、蘆山寺や吉田は言わばオプションというかむしろ観光であるので行かなくても特に問題はなし。もちろん、こちらがマストなおうちもたくさんあることは言うまでもない。

 家に着いて玄関をあけたその瞬間、あああ~~~!!!新しい御札を受けてくるのを忘れたあ~~!そのまま今度は自転車で壬生さんへ逆戻り。止んでいた雨もまたぽつぽつ降り出して、ああ、なんてこったい。マストな行事はかくも厳しい。021

 御札を無事受けてきました。最近どうもぼけているような気がするので心配だ。

 夕方は、横浜からのお客様に会う。証券ビルのイノダコーヒにて。わたしのブログを読んでいてくださるそうで、お話がはずんで楽しかった。なんとその方も、わたしと同じ時間帯に、壬生さんに行っていたということがわかっておもしろかった。厚かましくもおみやげまでいただいてしまった。ありがとうございました。引き続き楽しい京都滞在を・・・。022

 夕食はひさご寿司の巻き寿司。かんぴょう、厚焼き、しいたけ、ほぐした焼き穴子、おこうこ。シンプルな具の巻き寿司はおいしいと思う。今年の恵方、南南東に向かって丸かぶり。子どもの頃はこんなことしなかったけど、こんなふうに、忘れられていたらしい大昔の習慣が復活することもあるのだからおもしろいものだ。

 そしてお約束のいわし。子どもの頃はこのいわしを食べるのが苦行だったが、食べないと怒られるのでいやいや食べた。もともと好きではない上に、この骨の多さが大嫌いなので、ぜんぜんうれしくない。でも食べねばならない。マストな行事は、かくも厳しい。

 食後は焙じ茶といっしょに、年の数だけ豆を食べる。わたしのお気に入りは、柳桜園の「光悦」もしくはその上の。雁がねの焙じ茶でとても香りがよく、ごはんの後に飲むとほっこりする。

 豆まきは、もうしなくなった。だんだんと行事も簡略化されてしまって寂しいような気がするけれど。余談だが、我が後輩の出身地秋田県では、節分の豆は炒り大豆ではなく殻付きの落花生。狭い日本だけど習慣もさまざまだ。

 明日は立春。早く暖かくならないかなあ・・・。

| | コメント (14) | トラックバック (1)

2008年1月 9日

宵ゑびす

002  今日は1月とは思えないほどの暖かで穏やかな一日。お散歩をかねて、ゑびすさんにお参りに出掛けた。今日はまだ宵ゑびすで、人もそんなに多くはない。今宮とちがって、京都のゑびす神社はほんとに狭いから、混むと大変。笹を渡すときにくるくる舞われるお神楽も、今日は人が少ないので、巫女さんも少なくて、回り方がどうも足りないなあ。しかも低速(笑)。

 笹につけるお飾りを見て回るのは今でもわくわくする。にぎやかで、めでたげで、小さくてかわいい。子どもの頃、これが欲しくて欲しくて(笑)。お商売をしているわけでもないし、海に関わる仕事をしているわけでもないので、特にゑびすさんの信仰はないのだけれど、ここ数年は毎年いずれかの日にはお参りに来ているかな。

 決まった日のお参りや決まった日に食べるものをわたしはできる限りスルーしない。一年間、なんとか無事にやってきて、またこの日がめぐり、この拝殿の前に立ち、「ありがとうございます」と言うことができた。同じように、去年と同じ食べ物を味わうことができた、ということの有り難さを思う。

 いつもと同じ、何も起こらない、平凡、凡庸、単調な、マンネリetc・・・。否定的に語られることの多い言葉たち。でも考えてみれば、一日一日を無事、何事もなく過ごせたということはすごいことなのだ。そんな一日一日を大切にするということが、「生きる」ということではないのかな。Photo_2

 遅いお昼は、たこ甚のたこ焼き。お参りの前だけど食べてしまった。辛ソースにしてみたらけっこう辛かった~。表面がかりっと香ばしくて、蛸の味もよくって、ほんとにここのたこ焼っておいしいなあ・・・。

 クープのKさんから前に教えていただいたお店。すっかり気に入ってます。多謝!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年11月28日

夜もみじ、朝もみじ

 忙しくはあっても、やはりその季節には、一つ二つなりとももみじは見ておきたいもの。夕には鳥辺野にたなびく煙、蓮台野の露にならぬとも限らず、この刹那刹那を大切にしないのであれば、一体「いつ」を大切にするというのか。006_2

 夜もみじ。天龍寺の塔頭、宝厳院の「獅子吼の庭」のもみじ葉。季節も深まったというのに、まだところどころ青もみじなのが不思議。008

 朝もみじ。東福寺のもみじ葉。名立たる名所も朝は人もまだ少なく、ゆっくりもみじが楽しめる。禅寺はいい。でも禅味を味わうなら、この季節はだめ。と、「味わう」ものではないのかも。お寺に行くとどうにも邪な心が・・・(笑)。003

 通天橋あたりはもみじの海。錦秋という言葉がぴったりだ。

| | コメント (10) | トラックバック (1)

2007年9月18日

御殿盛り

 お休みの最後を飾るは・・・ってたまたまこの日しか予約が取れなかったということなのだけれど、マダムUと共に、さゝ木のお昼ごはん。お昼は6年ぶりくらい?夜は当然すばらしいとして、お昼にはお昼だけしかない楽しみがある。

 お店に着いたのは12時。でも驚いたことにまだ一組しかカウンターにはいらっしゃらない。今日はスタートが遅くなるみたい。

 外は今日も暑かったので、冷酒でスタート。涼しげな竹の器に入った、富山の「立山」。何回か飲んでいるけれど、飲みやすくおいしいお酒だと思う。008

 前菜  くりきんとん 衣かつぎ 根芋と菊の胡麻和え 秋刀魚の小袖寿司 鱧のフリット 銀杏

 紫の萩の花が添えられて、お皿の上には初秋の風が吹いているよう。菊の花は、黄色いものと、紫色をした山形の「もってのほか」。なぜ「もってのほか」と言うか。天皇家の紋が菊だからだそう。思わず二人、「不敬罪だな・・・」と。菊の花の料理は好き。根芋というのは、ずいきの根っこの芋の芯の部分だそうだ。

 揚げ湯葉と炙った鱧のお椀 薄切りの甘酢みょうが 吸い口は青柚子の皮

 お造り 広島の鱸 岡山の蛸 九州のよこわ 黄菊 大葉、わさびなど

 鱸の身がとてもきれい。夏の名残かなあ・・・。

 かますの焼き物 山芋 エリンギ 伏見唐辛子 大根おろし

 冬瓜の冷製すり流し

 しょうががよく効いていてさわやか。浮き実はみじん切りのきゅうり。お湯のみみたいな器に入って、一瞬お茶かと(笑)。

 蓮餅 三つ葉あん わさび

 蓮根の旬は年に二回あるそう。春の蓮根はでんぷんが少なく、しゃきしゃき。秋の蓮根はたっぷりでんぷんを蓄えて、とてもおいしいのだそう。確かに・・・。一人用の土鍋でぐつぐつ言う三つ葉あんに、ほくほく、もっちりした、香ばしい蓮餅。

 湯葉ちりめんの混ぜご飯  きゅうりと茄子の古漬け

009_3   先ほど、お昼だけしかない楽しみ、と書いたのがこれ!デザート御殿盛り

 さゝ木に行きたいと思ったきっかけが、6、7年前に「家庭画報」で紹介されていたこのデザートだった。「御殿盛り」と言う名で紹介してあったと記憶しているから、たぶんそれでよいのだろう。記憶が違ってたらごめんなさい。

その当時は今ほど予約が取れないこともなかったので、すぐに夜に行ってみたけれど、が~ん。夜は御殿盛りはなかったのねぇ・・・。傷心のわたしは二ヵ月後にリヴェンジを果たした(笑)。今でも、夜にも御殿盛りがあればいいのに・・・と思うのだ(笑)。並々ならぬ思い入れに自分でもかなりあきれるな(笑)。でも、ヘタなお菓子屋やフランス料理屋よりもずっとおいしいのだから・・・。さすがさゝ木!

 フルーツ(キウイ・オレンジ・パイナップル)のカルピスゼリーがけ 黒胡麻のプリン かぼちゃのチーズケーキ スイートポテト わらびもち

 よろしければ少しづつ全部どうぞと・・・。はい!そういう心づもりでまかり越してございます。

 とろとろのカルピスゼリーは懐かしい~郷愁の味がするし、スイートポテトはほんのり温かくふわっとバターとお酒が香るし、黒胡麻のプリンはまったりミルキィ。

 かぼちゃのチーズケーキはニューヨーク風で予想外にしっかり濃厚でとても好み。そして特筆すべきはわらび餅で、口に入れたときのとろ~っと舌にまとわりつくような食感は比類なし。溶けた後に残るのは豊かな黒糖の香り・・・。ああ、詩でも一編書けそうだ(笑)。

 010  

 すっかり幸せな気分になり、建仁寺に散歩に行く。デジカメも持っているし、観光だ(笑)。

 ここはほんとにいい。いつも愚にもつかない話、ヴェルサイユと禅寺の塔頭なら絶対わたしは禅寺に住む!と言ってしまうのだが、今日も言ってしまった。ほんとに愚にもつかないな。それだけ禅寺の寺内は魅力的だということだ。

 500円払えば、開放感あふれる空間で、何時間でもぼ~っとしたり本を読んだり、ほんとはだめかもしれないけれどごろごろしたりだってできるのだ。しばし座って、風神雷神のレプリカの話(ちなみに本物は京博に寄託されています。今月30日までなら、京博の常設展で見られるはず)とか、四つ頭の茶会の話とかをする。昔から見たい知りたいと思っていたくせに、今もって放置してあることが多すぎるなと思う。013

 小泉淳作氏の描いた「双龍図」。

 禅寺の法堂の天井に、龍が描かれるようになったのはそう古いことではなく、桃山時代頃からだそう。また、二匹の龍が描かれることはないそうで、「双龍」なのはここ、建仁寺の法堂のみ。

 漆黒に、ほのかな光を含んで浮かび上がる螺鈿のような美しさ。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月19日

地蔵盆

 地蔵盆は、8月24日の地蔵菩薩の縁日にちなんだ行事であるから、本来は23日と24日の両日にわたって行われるのだけれど、最近では世話役の大人の都合で、直前の土・日に行われることも多い。また子どもの数の減少などによって、規模が縮小され、1日しかやらないところもある。子どもの健やかな成長を願って行われる、子どものためのお祭りだ。

 京都で生まれ育った人ならば、子どもの頃の夏の思い出に地蔵盆がたぶん入っているはず。京都を中心に、滋賀県、北摂地域、遠くは北陸、長野にもあるという。京都市内にはざっと5000体ものお地蔵さんがあるそうだ。たいていは各町内に一体あるのだから、地蔵盆というのは全市一斉行事のようなものだ。詳しい記録は、伝統行事保存に尽力されている、好日さんのところで

 町内のお地蔵さんばかりではなく、うちのように個人でお地蔵さんの掛け軸を持つ家というのもある。うちの町内でもかつては三軒、個人所蔵のお地蔵さんを持つ家があったが、事情で一軒(確か、軸ではなく石仏だった)は、手放され、今ではうちともう一軒になった。そんな家でも毎年地蔵盆には掛け軸を飾り、お寺さんに来てもらって、地蔵盆を行うのだ。うちも、町内の地蔵盆に合わせて、23日を待たずにお祭りをする。0708

 これはうちのお地蔵さん。去年表装を新しくしてもらった。住職はしていなかったが、在家の僧(?)であった祖父が若い頃、同じ町内の、既にその頃には没落していた元お金持ちのお婆さんから、どうしても、ということで預かったものらしい。由来はもはや誰にもわからないが、江戸時代のもののようだ。写真ではわからないけれど、柔和なとてもよいお顔をされている。一年に一回、ご尊顔を拝すると、なんだかうれしくなってしまうのだ。

0708_3  お飾りはこんな感じで。蓮の花入りのお花、紅白の小餅、紅白の卍型のお菓子や、いろいろな果物。子どもが喜ぶお菓子やジュースなどがお供えの定番。このお供えは、後で、お供えをしてくださった方々に配る。天井には、子どもの名前を書いて奉納された提灯がかけられる。0708_4

 数珠回し用の長い数珠。お経を読んでもらっている間、皆で輪になって、この長いお数珠を回す。大きな珠(仏さんを表す)が来たら、頭に押し頂く。

 今年は久しぶりにうちでも数珠回しを復活させてみた。

 来てもらうお寺さんは、うちの町内及び、うちでは「あんじゅさん」と呼ぶ。たぶん「庵主さん」の意ではないかと思われるが、庵というよりもずっと大きい、浄土宗の尼寺の尼さんが来てくださる。たぶん「お寺さん」の言い方は、「おじゅっさん」とか、「おっさん」とか、お町内によってさまざまなのだろうと思う。

0708_5  もちろん、お地蔵さんのお膳も作る。今日は7時10分に起きて乾物戻しから初めて、お飾りと同時進行。0708_6

 白飯

 美しく丸く盛るのにはちょっとしたテクがいる。0708_7

 蓬麩の白味噌汁 溶き芥子0708_8

 切干大根のたいたん おあげ 干し椎茸 にんじん0708_9

揚げ出し豆腐 ねぎ しょうが0708_10   

 三度豆の胡麻よごし070819_2

 弟夫婦も遊びに来ていたので、お昼は皆でお地蔵さんと同じものをいただく。これも一種の直会(なおらい)なのかもしれない。

0708_11

 こちらはうちのお町内のお地蔵さん。やはり掛け軸で、江戸時代のものらしい。こういう掛け軸のお地蔵さんではなくて、石のお地蔵さんの場合は、お体を洗って、お化粧をして、よだれかけをかけて・・・といった準備をするらしいけれど、わたしはする機会がなかったのでやり方などを知らない。

070819_3  妹・トモちゃんがインド料理が好きだと言うので、夜はサーガルでカレーなどをテイクアウト。ナンに、タンドリーチキンに、カレーが4種類(サーガルバターチキン、マトンドピアザ、ベイガン(茄子)、プラウンチリー)。Photo

 ベルギービール、ヒューガールテン・グランクリュや、リンデマン・クリークなどと共に。

 皆でにぎやかにしてこそ地蔵盆だしね。近い将来、甥っ子や姪っ子が生まれたら、ちょうちんも作って・・・などと考えて、楽しみ♪

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2007年8月16日

お盆 その4

 今日は最終日。送りだんごをお供えして、朝、できるだけ早くにおしょらいさんを送っていく。

 送っていくのが遅くなってはいけないのだと、いつも祖母は言っていた。なぜかは知らない。だから祖母はまず、おしょらいさんを近くの粟嶋堂に送って行ってから、朝食を食べていた。もちろんわたしもいっしょ。夏休みだったのでいつにも増して祖母に朝からくっついていたわたしは、そのとき祖母が朝ごはんに食べていた、しょうがをかけたきゅうりの古漬けの匂いと、毎年ほとんど同じような景色で繰り返された、16日の朝の様子を、今朝のことのように思い出せる。

 もう、家に糠床はない。薄く切っておろししょうがとしょうゆをかけたきゅうりの古漬けは今もわたしの好物であるのに、それももう失われた味になってしまった。

 6時20分に起き、送りだんごを買いに行って、最後のお光を上げ、おしょらいさんにあいさつをする。朝食を食べてから、お花や槙も含めて、お盆のお供えをすべて下げて、ひとまとめにして粟嶋堂に急ぐ。

 粟嶋堂では、お供物を納め、六道さんでお迎えしたときと同じように塔婆を書いてもらって納めるが、ここでは水回向はしない。お線香を上げて、仏さんを拝んでおしまい。送るときの方がシンプルだ。帰りに花屋さんで、新しいお仏花を買って帰る。

 昔はお供物を本当に川に流していたらしい。今でも大量のお供物が納められているというのに、きっとあれ以上のものを流したなら、16日の堀川はごみ捨て場みたいになっていたに違いない。

 そのあとのあれこれを父に任せて、出勤。朝から暑いが、がらがらの道路はすっきりして走りやすい。

 夜には、弟夫婦と送り火を拝みに行く。船岡山に行くか、松尾橋で鳥居を見るか、西大路を北上して左大文字のすぐそばまで火を見ながら車で動くか。家で軽く夕ごはんをたべながら検討し、左大文字コースに決定。これは移動しながらなので、タイミングがなかなか難しいが、ベストなタイミングで行ければ、煙が見えるほどの場所から、迫力の火を見ることができるのだ。今回はちょっとだけ遅かったかな。

 車の中から、送り火にそっと手を合わす。今年もお迎えできてよかった。寂しいけれど、肩の荷を下ろしたような気分でもある。また来年・・・。

 あの世に帰っていくおしょらいさんと、往く夏、弱まり行く火・・・。いろいろなことを思い出し、少し泣きたくなる。一年で一番、あの世の誘惑に負けそうになる日。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007年8月 8日

おしょらいさん

 誕生日の朝。今日のわたしは昨日までのわたしとは違うのよ。

 嘘。今日のわたしは昨日までのわたしの連続でしかない。春の終わりは既に夏の気配を色濃く含み、夏の終わりは秋の気配を早くから忍ばせる。これと同じく、人生の季節も、ゆるやかに移り変わっていくものだ。Photo_8

 8時頃、ゆるゆると起きる。神棚とお仏壇には赤飯。これも毎年変わらぬ習慣だ。

 今年も福島の叔父より桃がたくさん届いたので、よく冷やした桃とすいかで、ほとんど水分だけの朝ごはん。ナイフを片手に皮をむき、果肉をそぎながら食べる。たっぷりとした甘い果汁が乾いたのどを心地よく潤し、少しづつ体が目覚めていくようだ。桃やすいかは、夏の朝に食べるのが一番おいしいと思う。

 朝から、たくさんのお祝いのメールやバースデイカードをいただいて、しみじみとうれしく思う。自分の誕生日を覚えていてくれて、おめでとうと言ってくれる人がいるのは本当に幸せなことだ。年々周りの人に対する感謝は深くなる。わたしは、一人で大きくなったんじゃないから。