2008年2月17日

あなたが笑えば私も嬉しい

 職場の移転を前に、2月に入って急に身辺が慌しくなってきた。3月末で現図書館は閉館し、新しい図書館は6月中のオープン予定であるので、その間2~3ヶ月は区内に図書館がないことになる。利用者からの問い合わせも増えて、そのようなことを伝えると、「え!3ヶ月も図書館ないの?困るわ・・・」と、皆さん異口同音におっしゃる。ご不便をおかけして申し訳なく思うと同時に、そんなに言っていただけるほど親しんでもらえているのだな、とうれしくも思う。

 そんな中で、ここ数日間に3件ばかり所蔵調査絡みのレファレンスで、回答文書を送ったり、メールを書いたり。一件は、何を思われたのか、遠く久留米から、ピンポイントで当館に返信用の切手同封の手紙で送られてきたもの。こういう場合は、調査と回答をした上で、実際に資料を手に取って見ていただくための申込みには、最寄の公共図書館に行っていただくことになる。

 もう一件は、国立国会図書館の資料の取り寄せ。二件とも、明治・大正期の書籍のマイクロフィッシュが含まれていた。マイクロフィッシュは再生する機械のある館には貸出もしてくれる。

 IDを登録しておけば、NDLのホームページから、あるいはゆにかネットを通じて簡単に館間貸出の申込みもできてしまうので、今はとても便利になっている。また、NACCIS Webcatなどの各種の横断検索網の整備が進み、所蔵調査も格段に早く、便利になった。隔世の感がある。 

 三件目は、長年探しておられる本があって、ご自身でも十分に検索もされ、古書店・新刊書店を問わず探されたが見つからず、出版社にも問い合わせても絶版の返事・・・と万策果てて、何か方法はないかと相談を受けたもの。

 最終的に、意外にも近いところに所蔵があることがわかったのだが、これは、当該資料の著者名がちょっと変わった形のローマ字表記で入っており、おそらくは人名典拠も繋がっていないため、素直に著者名で検索しただけでは、他の著作は一覧できても肝心の、お探しの資料だけはヒットしなかったと思われる。おまけにご丁寧にも、タイトルが一つではなく、もう一つ英文タイトルが入っており、そのもう一つのタイトルでしかヒットしなかった可能性もあり、ちょっと検索に一手間、二手間かかるケースだった。

 これも調査結果をお知らせした上で、実際に資料を手にしていただくための方法などを提示し、最寄の公共図書館に出向いていただくようお伝えした。

 うれしかったのは、その方はすぐに手続きに行かれて、何年も探していた本が見られる、と大変喜ばれ、それをお知らせくださったことだ。こんなときは本当に仕事の喜びを感じるし、もっともっと精進しなくては、と思う。もっと迅速に、的確な回答が示せるように。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年2月 7日

奈良出張

 文科省主催の図書館地区別研修(近畿地区)の3日目に参加。この研修は4日間連続で行われ、毎年1、2日はワークショップがあるので、気になるテーマのときは出来る限りワークショップある日に参加するようにしている。今年の会場は、奈良県立図書情報館。2年前に新大宮の現在地に移り、「情報」の名を冠するようになった。果たしてこんなところに図書館があるのかと思えるような住宅街の中の立地。

 午前中は講義が二つ。

 「図書館を核とした連携サービス」 乾聰一郎氏 (奈良県立図書館情報館)

 開館2周年記念事業として図書館を会場にして開催した、地元デザイナーによるファッションショーと地元イタリアンレストラン、日本バーテンダー協会奈良支部などと連携して設けられたカフェレストランを始めとして、河瀬直美ワールド展と記者会見などの、民間企業、外国機関、教育機関との連携事業が紹介された。図書館を人と情報の交流拠点として位置付け、奈良の過去、現在、未来を表現し、発信する場としてのあり方をアピール。「図書館は直接の収益は産まないが、人、情報の交流によって間接的に収益を産み出しているのではないか?」

 路線としては、愛知川図書館のそれをさらに県立らしく大規模にしたような感じ。図書館の「攻め」の一形態と思う。

 「ブロガーのためのプレス・リリース」 中西洋一氏(京都造形芸術大学准教授)

 最初に言われたように、お話の内容と演題が少し違って、主に「As we may think」(バネバー・ブッシュ)、Project xanaduから現在のGoogle、Wikipedia、さらにはMahalo、Knol、WikiaSearchなどの新しいウェブ検索の試みについてのお話が主。ウェブの本質は検索機能にあるのだ、ということ。

 午後は資料の保存についての講義が一つとワークショップが一つ。

 「資料保存―コンサベーションとプリザベーション」 安江明夫氏(国立国会図書館)

 資料保存とは何か。公共図書館の保存課題は何か。資料保存にどう取り組むか。の三つについて。忘れてはならないのは、「利用のための保存」であるということ。

 資料の間違った修復の例として見せられた、18世紀の『百科全書』が衝撃的だった。

 まるで例規集のような色気も何もない本になっている。表紙は表裏ともまったく別のもの(しかも巻によって色まで違う!)。彩色された天地は削られ、蔵書票は剥ぎ取られ残っていないし、見開きのマーブルの影もない。まったく別の本になってしまっている。いつ、誰が、何を思ってやったのか(←いや、犯罪じゃないんだから何もそこまで・・(笑))わからないらしいのだが、謎である。友人と「いったい何だって言うんでこんなことに・・・?」と議論する。考えられたのは、「利用のための保存」が暴走したのではないかと・・・。

 「図書館資料の修理実習」 板倉正子氏(NPO法人 書物の歴史と保存修復に関する研究会)

 モニターを使って背の外れた上製本の修理の実演を見る。資料の修理はどこの館でも難儀なことであるので、皆食い入るようにモニターを見詰める。一般の司書で、修復の高い技術を持つ人は少ないので、一人一人が実習できれば一番なのだが、実演を間近で見るだけでもこのワークショップはよかった。

 昼休みと終了後の時間を使って、図書館内を見て回る。県立レベルとは言え、ここまで開架の一般書の冊数が少ないところも珍しいような気がする。一段の三分の一ほどしか入れていない書架が多数。県立なので、蔵書数が少ないわけはないのだが、ほとんどが書庫なのだろうか。やたらと書庫出納が増えて大変じゃないのかなあ、などといらぬ心配を友人としたりする(笑)。

 利用者登録をし、メールアドレスを登録すると、パソコンも使える。ウェブ閲覧だけでなく、文書作成などもでき、プリントアウトもできるようだ。試しに使ってみたが、たいていは使えなくしてあるウェブメールも使えたのには驚いた。

 持ち込みパソコンが使える席と合わせると200もの、パソコンが使える席があり、ビジネスマンが仕事をしにくることも多いそうだ。「そこまでさせるのか」という意見も内部ではあったらしいが、ここは、ニューヨーク公共図書館を目指しているのかもしれない。

 館の特徴となっているコレクションは、約5万点の「戦争体験文庫コーナー」だろう。広いスペースに、独自の細かい分類を付けられた資料が並んでいる。

 「なんで戦争なん?」というのが率直な感想。レファレンスカウンターに行き、尋ねてみる。奈良は戦争被害が少なかったところだからこそ、戦争を記憶にとどめておこう、ということで、開館準備の段階から県民に広く関連資料の寄贈を呼びかけ、移転と同時に、それまで小さいコーナーであったものを拡大したとのことだった。

 ついつい書き始めると長くなってしまうが、こういうときって自分、仕事好きなんやなあ、と思う(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 6日

付喪神/参考事務規定

 朝はいつもより40分の寝坊。にも関わらず、少し遠回りになる通勤ルートBのヴァリアシオンであるところの通勤ルートBダッシュを通り、ブーランジュリ ONOでお昼のパンを買っていく。時間が押すので自転車スピード全開。競輪で「刺す」ってこんな感じ~?などと思いつつ、いったい誰を刺すのか一人で走っているのだ。

 M嬢にお貸しするまんがを渡すと、最近精力的にまんが読んでますね、と言われる。「だって、長いこと読まへんかったら本が付喪神になるやん・・・」。

 先日、稀代の読書家でいらっしゃるksharaさんが、そのブログで、「未読の書庫」についてちょっと目からうろこが落ちるような見解を述べておられた。勝手ながら少し引用させていただくと・・・。

***読んでいない本が本棚を占めていることは、未知の情報を物質の形で蓄えていることなので、むしろ望ましい。その意味では、自分の書庫が全部未読なのが理想的で、最も知的にアクティヴで、プロダクティヴな環境と言える。 ***

 持っている本は極めて少ないけれど、自分の書架に、買ったままで未読の本が増えていくのは、本に責められているような気がしてわたしにはちょっと恐怖でもあった。だからこういう考え方があるのか。こういうふうに考えればよいのか・・・と驚いた。まさに目からうろこ。そうは思ってもやはり未読の本を抱えるのはやはり圧迫感がある。既に一部、付喪神化しているのかも(泣)。

 仕事は、昨日よりも格段に忙しい。貸返のカウンターが立て込んできたときのわたしは、一瞬とても怖い顔で応対していたかもしれない。すみません。

 懇意にしている小さいお子さん連れの方がカウンターにいらっしゃって、「あの~、図書館とまったく関係ないんですけど・・・」と何やら相談したいことがあるご様子。聞けば娘さんの歯の後ろに、歯のような白いものがあるけれど、これは歯なのでしょうか。歯の本を見てもそんなのは載っていなくて・・・。とのことで、わたしにそれを見てほしいと(!!)。

 大変に驚いたが、一応見て、(たぶん歯だとは思ったけれど)歯だとしても乳歯が抜けていないうちに曲がって生えて来たりすると後々大変だろうから、ぜひ小児歯科に連れて行かれるように、と言った。お母さんも不安だったのだろうなあと思った。ちょっとの後押しがほしかったのかもしれない。

 このような医療相談に答えることは1961年に日本図書館協会が出した「参考事務規定」にはずれる。そこには、

 (回答の制限)の項目の中に、

 8 次の各号に該当する質問には解答を与えてはならないと共に資料の提供も慎重でなければならない。ただし問題によっては専門機関・専門家を紹介する。

 a 医療・健康相談 b 法律相談 c 身上相談 d 仮定または将来の予想に属する問題

 9 次の各号に該当する質問には解答を与えない。

 a 学校の宿題 b 懸賞問題

 ~と明記されている。

 帰りにハナで買い物。明日は七草がゆを炊くので、七草を買うが、残っていたのは一パックのみ。すんでのところで売り切れだった。買えてよかった。残り物には福がある。

 SHINのショーケースの前を通ると、ガレット・デ・ロワがあった。そう言えば今日はエピファニーだ。ちょっと食べたくなったけれど、いずれ食べることでもあるし、またダイエット中でもあるのでやめておく。

 ガレット・デ・ロワの構成は、フィユタージュとクレーム・ダマンドという、おいしいのだけれど、食べ過ぎると胃もたれ必至の重いお菓子だ。同じ構成のものにピティヴィエというのがあって、昔、学校へ行っていた時分に、実習で作ることがあった。多くの生徒が同じ期間に作るわけだから、学校中がその期間ピティヴィエであふれ、最初は喜んでいたものの後には皆がうんざりして、中には不謹慎にも捨てる人すら出た、ということがあった。

 ちょっとしたことが、忘れていた記憶を呼び起こし、ついつい長い文章を書きたくなってしまう。過去と現在を自在に行き来し、事物、感覚、心理を語るのはプルーストのようだ・・・と書くと何やらかっこいいような気もするが、ものは書きよう。まあ、わたしの場合、単に年を取ったか、寿命が近いかのどちらかだ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007年10月28日

白い本/村上・加太

 たいてい図書館では、T社を通じて本を買う。先日いつものようにT社に、C社出版の、絵巻の全集を発注したところ、どういうわけか東京のC社から直接に電話がかかって来た。通常、版元から直接電話がかかるということはないのでいぶかしく思ったが、とりあえず話を聞いてみた。

 「T社からご注文いただいた絵巻の全集は、品切れで、全巻揃わないけれど、その親本となった全集なら1セットだけ倉庫にございますが、いかがいたしましょうか?」という話だった。その親本というのは、26巻からなる、豪華な全集でかなり値も張りそうなものだったので考えていなかったのだが、一応値段を聞いてみた。

 47万円。ひ~。やめ。やめだ。と思った瞬間、相手から「直販はできますか?」と聞かれる。できないこともありませんが・・。でも装備やらの都合もあるので、T社を通してもらった方がありがたいのですが・・・。と言うと、「実はね・・」と相手は種明しを始める。

 「現在出回っているこの全集の流通価格は47万円。しかし今弊社の倉庫に1セットだけあるのは初版本で、価格が28万円なんです」

 ・・・ずいぶん値上がりしたんですねぇ・・。

 「でもT社を通すと、こちらが28万円で納品しても、規定か何かがあるようで、現在の流通価格が適用されるらしく、47万になってしまうようなのです・・・」

 ええ!?その差額はどうなるのん??・・・とは思っただけで次の言葉を待つ。

 「直販ができると、28万でお売りできるのですが・・・」

 なぬ!?思わず色めき立ち、経理担当のサブボスと一瞬相談の上、即決。買い!だ。

 ・・・「直販でいただきます」

 「ありがとうございます。ではそこからさらに2割引させていただきます」

 ・・・きゃっほう~~!

 古い在庫をはけさせたい出版社と、一円でも安く買いたい図書館との利害がめでたく一致。かくして豪華な絵巻全集が納品されてきたのだが、請求額は24万円ほど。市価の半額で豪華本が手に入ってほくほくであるのだが、もし、T社を通じて買っていたら、その差額はT社の利益になっていたのだろうか。もしそうなら、なんとなくあこぎだな。Photo_2

 納品された全集の箱に入っていたのがこの何冊かの白い本。見かけは本だけれども、中はすべて白紙。でもしっかりした造りだ。どうやら製本のサンプルのようだ。ご丁寧に添えられた、「メモにお使いください」、との担当者の添え書きが笑えた。

.

Photo_3  夕ご飯に、村上の塩引き鮭を食べる。塩鮭はふだんそんなに好んで食べるものでもないが、年に一回だけある、伊勢丹の「新潟・長野物産展」に来るこの塩引きだけは別だ。少々高いけれど、必ず買う。

 一般的な塩鮭と違って、これは強い塩をした上で寒風で乾かしてあるから、塩も強く、旨みが凝縮している。焼けば腹のところから塩が吹くほど。でもこの塩辛い、脂の乗った腹身がとてもおいしいのだ。かりっと焼いた皮もうまい。白御飯をついたくさん食べてしまう危険な鮭だ。

 父の故郷から山を越すと、そこは新潟。父の子どもの頃は、その山を越えて村上から塩引きの行商が来ていたらしい。塩引きは父の思い出の味なのだ。

 行ったことはないけれど、子どもの頃から何度も聞いた「村上」という地名。冬。灰色の荒れる海。雪の中、山を越えてたくさんの塩引きを運ぶ行商の人(イメージ上ではなぜか徒歩)・・・。そんな風景が、「村上」という土地の名を聞いただけで目の前に広がるのだけれど、ほんとはどんなところなのだろう。いつの日にか行ってみたいものだ。

 その対極にあるのが「加太」で、ここも行ったこともないのに、その名を聞くだけで、明るい太陽、青い海、穏やかな海岸線・・・などが目に浮かぶ。なぜかいろんな人の口から、「加太」という土地の名前を聞いたり、思いがけず本で読んだりすることが多いので、どんなところなのかとても気になる。ほんとはどんなところなのだろう。村上よりはずっと近いので、一度見に行ってみたいものだ。 

| | コメント (24) | トラックバック (0)

2007年10月18日

黄金バット

 午後2時から4時まで、京都国際マンガミュージアムにて研修。昨日と同じく、職場から丸太町通を東へ走るが、今日は暑い。空に浮かんでいるのも夏の雲のようだ。今年1月に初めて行ったときの感想などはこちら

 3階の研究室にて、まず研究員の方のお話を聞く。まんがの場合、何が一次資料なのかと言うと、それは原画ではなく、雑誌なのだそうだ。なぜなら、雑誌には広告があり、ホビーのコーナーなどもあり、また、「裏番組」(人気作の裏で、という意味か)としてどんなまんががあったかもわかる。そういった「時代」「社会」を研究するのが、まんが研究だからである、と。これはたぶん、あらゆるポップカルチャー、カウンターカルチャー、またジャンクと呼ばれ、消費されていくまさに「今」の文化研究に共通の認識なのだろうと思う。

 続いて施設を案内してもらう。地下の書庫には、雑誌のほかに、貸本屋のみで扱われ、一般の書店に流通していなかったまんがのコレクションがある。こういった貸本から、劇画が生まれ、現在の主流になっているという。

 子どもの頃、家の近所に貸本屋があって、足繁く通ってまんがを読んだものだったが、そのころには既に貸本専用のまんがというのはなかったような気がする。

 続いて、「ヤッサン」こと安野侑志さんの街頭紙芝居の実演を見る。わたしの父母の子ども時代におそらく全盛だった、街頭紙芝居だが、既に東京では全滅したという。ヤッサンは大阪の天神橋筋を本拠として長く紙芝居をやってこられた方。紙芝居の商売をするには府の認可が必要だったそうだが、昭和58年をもって廃止になったそうだ。もし今もあれば、ヤッサンは最後の一人、ということらしい。

 紙芝居と言えば、黄金バット。ハーハッハッハハ・・・という笑い声も高らかに、楽しい実演を見せてもらう。黄金バットはシリーズもので、さまざまなお話がある。また、作画元が二つあったので、二つの系統があったそうだ。東京で演じられたものと大阪で演じられたものとは同じ「黄金バット」ながら違っていて、紙芝居の枚数の規格も異なっていたそうだ。大阪は、10枚プラス表紙で一巻、東京は9枚プラス表紙で一巻なのだそう。ヤッサンは関東ものを使っておられる。

 街頭紙芝居の舞台は後ろが開いていない。ヤッサンは自分は「見せ語り派」だとおっしゃる。実際に見てみれば、よくわかると思うが、紙芝居は、話芸である、ということがよくわかった。

 またヤッサンは川西市の小学校などで、子どもたちと四コマ紙芝居を作る活動をしておられて、子どもたちの作った紙芝居もたくさん演じてくださった。これがばかにするなかれ、とってもおもしろいのだ。Caq3nlaa

 巧みな話術に終始笑わされ、調子に乗ってなぞなぞに答えて、豪華商品をゲット!

 正真正銘の偽物の指輪です(笑)。

 他の企画展は、「黒鉄ヒロシ「新撰組」原画&版画展」、セレクションギャラリーは「COM」と「マンガの可能性を模索する国 韓国」。

 秋の特別展は「マンガで読む京都第一巻 サムライKYOTO 戦国から幕末へ」。戦国まんがも読みたいのがけっこうあるなあ・・・。戦国おたくの弟に買わないか聞いてみよっと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 1日

浦安詣で

Photo_10  もし、少しでも仕事に情熱を持っているなら、浦安には何度か足を運んだ方がいい。もし、日常の仕事にくたびれてしまった自分を感じたら、浦安に行くといいかもしれない。浦安はよく効く。

 浦安市立中央図書館は、司書なら知らぬ者はない。全国から多くの同業者が、浦安詣でにやってくる。そのためか、事前に休館日や開館時間などを調べていると、異様に詳しく、浦安の図書館を紹介しているサイトを発見した。各駅からのアクセスはもちろん、浦安市民以外の人が受けられるサービスと受けられないサービスといったようなことまでこと細かに記載されている。日本語が読めるなら、の話だが、そのサイトを見れば、昨日パリから浦安に来た人でも図書館に行けるような感じだ。おそらく個人サイトだと思うが、こういったものが作られているというところもすごいと思う。

 数年前からビジネス支援を標榜し、専門図書館として再スタートする図書館も増えているが、そういうことを声高にアピールすることなく、昔からレファレンス業務の一環として地道にそれを続けているのが浦安の先進性。

 ガラスで区切られた圧迫感のないレファレンスルームには、郷土資料や行政資料と同じような配分で、ごく自然にビジネス支援のコーナーが設けられている。レファレンス専用のデスクには、頼りがいのありそうな司書が常駐。貸出と返却のカウンターとレファレンスのカウンターが繋がっていたり、カウンターすらないところも多いけれど、せめてレファレンスだけは、分けておいた方が、相談に来る人もゆっくりしやすいのではないかといつも思う。

 おもしろいのは「書庫」を開放していること。「書庫」は「書庫」であるから、通常は閉架が基本。しかしここは、書庫をそのまま開架しているのがおもしろいのだ。建物も、繋がってはいるけれど、厳密に言うなら「書庫棟」という2階建ての別棟だ。

 一般の開架の部屋とは違って、こちらはやはり居住性よりも書架重視。不思議なもので、戸や壁でどこもさえぎっていない空間であることは、開架の部屋と変わりはないのに、なぜかここは独特の書庫の匂いがする。

 ただ、どこでも保存のスペースは大きな問題のようで、さすがの浦安でも書庫棟の書架には本の横置きも目立つ。出版の洪水の中で、どこまで資料を保存するかは、頭の痛い問題だ。

 書庫棟への渡り廊下(?)の一室には、カフェ付きのラウンジがオープンしており、コーヒーなどを飲みながら、図書館の本が読めるようにもなっている。

 書庫棟の展示コーナーのテーマは南方熊楠。蔵書はもちろん、パネルや年表、装飾なども駆使して、ヴィジュアルで楽しませる展示になっている。準備に手間と時間がかかっていることがよくわかる。

 その昔、まだまだ第一段階のレファレンス・インタビューも上手に取れなかったころ、「ネンキンのことを調べたい」とおっしゃった方に、「粘菌」の本を出してしまったことがある。その方が知りたかったのは「年金」。そんなボケボケな失敗をしたことを思い出した。

 開架スペースは、ゆったりと作られ、窓際には光をさえぎらないように、低いすそ広がりの書架が配されるなど、居住性と収納をうまく両立させている。蔵書で目をひいたのはコンピュータ関連。壁際の書架を11本も使って、ハード、OS、各種ソフト、プログラミング、通信などなど、NDC分類の違うものでも一ヶ所に配架。専門書も多く、力を入れていることがうかがえる。

 書架の並びは、NDC順が基本であるが、変則的で流れがわからなくなる部分あり。そかしこれは慣れの問題か。書架の間に、OPACとして使うためのノートパソコンがいくつか配されていて、これは便利。

 児童室も、中ではつながってはいるものの、独立のカウンターを持つほぼ別室で、出入り口も別になっており、子どものざわめきをどうしても嫌う利用者への配慮も行き届いている。児童室では、書架のそこここで、いくつものテーマ展示。こっちでは「この人の人生に学ぶ」。こっちでは「むかしむかしの物語」というように。

 この図書館は、昔、中森明菜と安田成美が出ていたドラマのロケ地。オープンから24年?まだまだ絵になる図書館だ。

 帰りに掲示板で見た、臨時専門職員募集のお知らせに思わず見入る。図書館で働くことになるとは、ほんとに思ってもみなかったよなあ・・・と来し方を振り返って、いろいろと思う。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007年9月27日

新生レマン館

 今日はブックトーク三昧の一日。午前は講義、午後は事例研究で、合わせてブックトークを7本聞く。さすがに7本はきつい(^^;。

 繰り返し語られたのが、「自分の技術を見せるために、ブックトークをするのではない。紹介したい心を伝えることが大切」だということ。

 まず、紹介したい本ありきなのだ。そしてそれをどう伝えたら伝わるか、どう紹介したらよいかを考える。どんなテーマで、どんな切り口で、どんな構成で、どんな本と組み合わせて・・・?本をどれだけ広く知っているかが勝負。

 ほかの人が本を選び、構成したブックトークをしようとしても、たとえ完璧な台本があってもきっとうまくはいかないのだと思う、一字一句間違わずに、きれいに話をすることはできるかもしれない。でもそれは、血の通ったブックトークではない。命が吹き込まれていないから。どうしてもこの本を紹介したい、この気持ちを伝えたい・・・。強い内的動機が、ブックトークに命を吹き込む。その核に、うまく技術を乗せることで、すばらしいブックトークができるのだろう。

 先生は、「ブックトークを見ることも勉強。大学で学生にグループごとに作ったブックトークを発表してもらうと、最初に発表したグループよりも後に発表したグループの方が、格段にうまくなっている。だから、たくさん見ることです」とおっしゃった。事例発表(実演)をされた大先輩は、「怖がらずに、まず一歩を踏み出してみること」とおっしゃった。

 わたしは、何を伝えたい?

Photo  濃い一日が終わり、友人たちと糖分補給に行く(笑)。いつの間にかレマン館が新しくなって、2階のサロン・ド・テも復活している。会社が変わったのかな?ケーキも一新されているみたい。

 わたしはホットコーヒーとモンテリマール。集中して食べてなかったので詳しい組み立てはよくわからないけれど、二種類の蜂蜜のムースの間には、木苺のピュレ、表面にも木苺のピュレ、ピスターシュ、オレンジピールなど。ヌガー・モンテリマールをイメージしているのだろう。

 頭も使ったし、ちょっと人疲れもしたしねぇ・・・。あ、カモミールティー飲んでる。癒されようとしているのね。わたしはカフェインですっきりしようっと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月26日

いにしへのこひのうた(2)

 今日も月が美しい。いざよひの月かな。

 今日から3日連続で、朝から夕方まで、講義と専門の事例研究(発表・講評・研究討議・質疑応答)、各種研修など。

 紛糾する会合は時折あるけれど、レファレンスの事例研究は、そんなのではなしに自然に盛り上がるのがいい。質疑応答も盛ん。午前中の講義では、基礎的ながらなかなかにおもしろい話を聞く。レファレンスも日進月歩なので、常に新しい動向に目を光らせていないと、あっという間に浦島太郎だ。

 ある意味技術系職場だからあり得ることかも、とは思うけれど、その昔、レファレンスは記録も取らず、後輩にやり方を教えもせず、「ここまで上がって来い」なんて、スポ根みたいなことをしていた人もあった、というか、そういう時代もあったらしい。今では、きちんと記録を残すのは当たり前、そしてそれを一館だけのものとはせず、データベース化して全国的に皆で共有しようとまでしている今からすれば、そんな「スポ根」があったなんて、にわかには信じられない(笑)。

 レファレンスインタビュー以前に心がけることとして、「まずは自分を疑う」「早合点、知ったかぶりは間違いのもと。時には利用者に教えていただく気持ちで」というのがあった。レファレンスというのは、その主題のプロ(利用者)と資料を探すプロ(司書)との協力であり、コラボであるということだ。

 今日はほかに、当職場の元締めの総ボスのお話もあった。総ボスの本業は、万葉学者なので、万葉集の話が聞けたらいいなと思ったけれど、それはやはりなくて、短い図書館の話だった。

 わたしにとって万葉集と言えば、犬養孝先生だ。中学の何年の頃だったか忘れたが、国語の時間の教材として、犬養先生の講義の録音をシリーズで聞かせてもらった。あの朗々とした歌声・・・。「歌」とは読むものではなくて、「歌う」ものなのだと強く思った。

 先生の歌を聞きながら、あるときは広い野原に射す曙光と西にゆっくり沈み行く月を、あるときは満開の花がピンクに霞む桃の木の下で、奈良時代風の服を来たかわいい少女がにっこりと微笑む様を、あるときは酒壺を前にぐでんぐでんになって、いっそ酒壺になりてぇよう・・とくだを巻くおじさんの姿をわたしは確かに見た。妄想かもしれないけど(笑)。

 恋の歌はいつの時代のものも好きだけれど、万葉集には恋の歌以外の歌に好きなのが多い。でもあえて恋の歌を二つ。

 われはもや 安見児得たり 皆人の 得がてにすといふ 安見児得たり(われはもや やすみこえたり みなひとの えがてにすという やすみこえたり)

 「内大臣藤原卿の、采女安見児を娶りし時に作りし歌一首」。

 安見児というのは人の名前です。采女の安見児ちゃん。内大臣藤原卿というのは、藤原鎌足。大化の改新で有名な人です。この歌は、わたしが勝手に「安見児ちゃんゲットの歌」と呼んでいる歌。

 「安見児ちゃんゲット!みんながムリめと言ってる安見児ちゃんをおれはゲットしたんだぜ~!!」というほどの意味。喜んで小躍りをする鎌足くんが目に浮かぶよう(笑)。親友男子がこんなことを言うのを聞いたら、「よかったな、鎌足!」なんて言って、いっしょになって祝杯を挙げてしまうほどのかわいらしさです。

 かつてこんなふうに喜びを分かち合った親友男子も、もはやこの世にはおりません。夜よ来い。鐘も鳴れ。日々は去り行き、わたしは残る・・・。それが恋ではないにせよ、世の無常をわたしにわからせるには十分過ぎることでした。

 わたしはかわいい少女なので(失笑)、恋の歌もかわいいのが好き(苦笑)。

 信濃なる 千曲の川の 細石も 君し踏みてば 玉と拾はむ(しなのなる ちぐまのかわの さざれしも きみしふみてば たまとひろわん)

 長野県ではたぶん有名な歌かな。「信濃にある千曲川の小さな石ころも、あなたが踏んだものならば、玉と思って拾いましょう・・・」

 いまだに胸キュン(古っ)です、こういう歌・・・。川原の小石を大切そうにそっと両手に包み込んで愛おしそうに目を細めて頬に当てたりしている娘が目に浮かぶようではないですか?いじらしくて涙が出そうです。こんな気持ちはいつまでも持ち続けていたいものだと思います。

 この歌は、「東歌」に分類されているのですが、本当にそうだろうかとわたしは思っています。なぜなら、その土地の娘が、わざわざ「信濃なる(信濃にある)千曲川」なんて言うでしょうか?わたしは言わないと思う。だからこれには別のシチュエーションがあるのではないかと思っているのですが、そうだとしても、この歌のきらきらしたよい感じは、何ら変わることはありません。

 あらためて犬養先生の歌と、総ボスの講義を聞いてみたくなりました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年9月 5日

近頃の生協は・・・

 同志社大学で行われた京都図書館大会に出席する。午前は昭和女子大学の大串夏身先生の基調講演。午後からは、報告が4件。関西館の方と福井県立図書館の方からは、レファレンス協同データベースについての報告。三重大学学術情報部の方と山城高校の学校図書館の方からは、パスファインダーについての報告。

 質問→回答プロセス→回答、というレファレンスの一連の流れの中で、回答そのものよりも回答プロセスが重要なのは、わたしたち、調べ手としての司書であり、その過程を利用者に詳らかにすることはこれまでさほど重視されてこなかったし、またその要求も多くはなかったように思う。

 しかしこれからはおそらくその過程そのものを見せることが有用であると判断され、ますます重要になってくるのだろう。パスファインダー=過程というわけではないが、過程の一部を示すもの、あるいはその個々の過程をある程度まで普遍化させたものと言えはしないだろうか。

 お昼ごはんは生協食堂で。ずいぶん長い間、学食というところに来たことはないけれど、わたしの学生のときとはすっかり様変わりしているようだ。食券制であったものが、カフェテリア式になっている。わたしの卒業した学校でもそうなのかな。体育会系の男子学生に埋もれて半チャンラーメンの列に並んでいたのが懐かしい。

 並んで選んで清算して。レシートにはなんとカロリー表示まで。痛恨の718キロカロリー!!清算する前にカロリー教えてくれい!チキン南蛮揚げ、ごぼうナッツサラダ、スティックサラダ、SSサイズのごはん。

 教室の隣のラウンジにはサンフランシスコ・コーヒーというこじゃれたシアトル系(?)カフェが・・・。ホットのアメリカーノを飲んだが、ここのコーヒーはおいしいことを発見。ううむ。こじゃれているのは同志社だからなのか??Photo

 パスファインダー、特に小・中・高・大・学校図書館の現場で花盛りかも。と言うか、情報リテラシー教育にさらに重きが置かれる場において盛んだねぇ。確かに作っておけばこちらも楽だしまさにWIN-WINの関係か?とかなんとか言いつつ、無事会も終わったのでPAPA JOHN'Sにて旧友二人とお茶。わたしはフレンチヴァニラチーズケーキアイスコーヒー。パパジョンのチーズケーキは、松之助のと並んで好みのもの。

 小一時間、しゃべる~しゃべる~俺~た~ち~♪。わたしがいかに好みのわかりやすい人であるかについて思い切り笑われる。旧友とは恐ろしいものだ。

Photo_2

 マダムUからの香港土産、香港では定番の「奶茶(ないちゃ)」。ミルクティーだ。甘く濃くて、おいしい。

 夜は一ヶ月ぶりのピラティス。厳しすぎ。

| | コメント (15) | トラックバック (0)

2007年8月17日

職業教育/鉄板28号

 いつもはお盆の間は来館者数も貸出冊数も新規登録も少し落ち着くのに、お盆の間も忙しく、お盆明けの今日はさらに忙しかった。今年の職場はどうしちゃったんだろう?このままラストまで突っ走るんだろうか。

 ケーキが食べたくなって、お昼休みに炎天下ツカサに走る。今日のミルフィーユはいちじじくと黄桃。一日のうちで気温がピークに達する午後2時。外は素晴らしく暑い。寒い職場に帰るのがいやになるなあ・・。ただ自分一人の益のため、わたしは職場のクーラーが壊れればいいとマジで思っている。ジュ・スイ・エゴイスト?

 一昨日より、一枚のアンケートを前にずっと考えていた。今は学校の職業教育がとても盛んで、中学校だけでなく、最近では小学校まで取り組み出したようだ。常連さんの6年生の女の子が、自由研究の課題として持ってきたのが以下のアンケート。さまざまな職業の人を調べるのだそう。

 (1)今の職業には、いつ(何才)どのようにして就こうと思いましたか。

 (2)なるためにしたこと、学校、試験、努力などはありますか。

 (3)なるためにはどのような苦労をしましたか。

 (4)この職業に就いてから、苦労したことや、楽しいことなどはありますか。

 (5)この職業は、どのような人に向いていますか。

 (6)その他に、何かアドバイスなどあれば、書いていただけるとうれしいです。

 依頼を受けたはいいものの、これはなかなか厳しいアンケートだ。あなたはいかほどの者なのか?と問われているような。そして回答するのに自分をじっと見詰めて、いかほどの者でもないことを何十回目か忘れるくらいにまた発見して、落ち込んだりするんだろうな・・・と思いつつ。

 適当には書きたくなかった。あのかわいい女の子の未来に、何か自分でも伝えられることがあるんじゃないかと思って。何があっても、子どもの意欲だけはそいではいけない。それがオトナの了見ってもんだ。二日考えて回答。

 このアンケート、そのままバトンにしたい内容。わたしもいろんな人の答えを聞いてみたいな。

 今日も遅番。いつも帰りに前を通る鉄板28号に今日は珍しく誰もお客さんがいなかった。初めてふらっと、ワインを飲みに入ってみる。グラスワインは300円から。なんて激安。

 自家製サングリアにひかれたのでそれを一杯。不自然に甘くなくておいしい。その時々で入れるフルーツは変わるそうで、今日のはバナナが入っているとか。バナナを入れると自然な甘みが出て、砂糖を入れなくてすむのだそうだ。作ってから3日目で、味がなじんでまとまっておいしくなっているのだそう。

 SSサイズの前菜盛り合わせは500円。一人で食べるには量も十分だし、味もいい。骨付きうずらのもも肉のバルサミコ味は、ソースみたいに干しぶどう入りのラタトゥイユがからませてある。干しぶどう入りのラタトゥイユなんて食べたことないけど、少し甘くておいしい。今度作ってみよう。

 「白いんげんのディップ WITH 枝豆とパンケーキみたいなの」という名前の一品。たこと季節のサラダなすのマリネ アンチョビのせ

 それから、ミニサイズのねぎ焼き ブルーチーズのせ。ちょっと意外だけどおいしい変わりお好み焼き。なるほどワインが飲みたくなる。

 仕事帰りの道草。ゆる~く。

 *鉄板28号

  京都市中京区壬生坊城町4

  TEL 822-1688 土日祝以外の8のつく日

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2007年8月 5日

レファレンス協同データベース

Cardjtvf 昨日からのお話の流れで、おもしろいので国立国会図書館が運営している、レファレンス協同データベースを紹介しようと思います。レファレンスというのは、「参考業務」と訳されますが、「皆さんの調べもののお手伝いをいたします」というサービスのことです。

 これは一言で言うなら大きな、レファレンス事例集です。参加館が、日々の業務で実際に利用者から持ち込まれ、回答した事例を持ち寄って、一つの事典のようにしたものです。こういうのを分析していけば、レファレンスのアルゴリズムみたいなものが抽出できるような気もします。

  興味があればご覧ください。

 「国立国会図書館」のサイト中の、

 レファレンス協同データベース

 ここに集まっている事例は、中にはそうでもないものもありますが、たいていは難問の類です。「世の中の人々は実にいろんなことを調べているのだ!」ということがわかって、読むだけでもなかなかおもしろいものです。司書や学生さんは、回答を見ずに考えてみると、よい「参考業務演習」になるかもしれません・・・。

 友が皆我より偉く見ゆる日よ・・・、と啄木を心の友にしてしまうのは決まってレファレンスで青くなったり赤くなったりへこんだりしたときです・・。合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 3日

dindinさんへ

 αステーションで、そんな番組をやっていたとは知りませんでした。たぶん元締め(笑)の誰かが出演しているのだと思うのですが、どういうわけかそういう話は内部ではまったく通知もされず、外部の方からうかがって初めて知るのはほんとにおかしな話です。今回も上司に聞いてみましたが誰も知りませんでした(^^;。そのへんからして、なんだかなあ・・・という感じはいつもしてます・・・。

 ご指摘の問題は、内部でも繰り返し言われていることで、「調べもののお手伝い」とか「ご相談」とか、現場ではいろいろな言い換えや説明がなされておりますが、「レファレンス」という用語を変えるまでにはいたっておらず、どちらかというと、この用語ごと浸透させようという傾向にあるように思います。訳語としては「参考業務」というのがありますが、これだとまた、しっくりといかず・・・。
 用語の問題は難しいものですね。

 司書の専門性ということについては、いろいろな問題をはらんでおりますし、特に我が国では多様な側面から考えていかなければならない問題です。
 ただ言えることは、ご指摘くださったような、業務のわかりにくさと、サービスを外に向かってあまりPRをしないという消極性が、専門性の広い認知への妨げになっていることは確かだと思います。その結果、司書とコンビニの店員とはどこが違うのだ、などと言われてしまうわけです。

 dindinさんは、日本史の先生だったのですね。目録の先生かと思っておりました(^^)。

 大学生が図書館の使い方を知らない、というのは不思議な話で、大学図書館勤務の人が、入学時に図書館オリエンテーションをしなくてはならないのだと嘆いたりしておりますね。
 図書館利用教育にはまず、高校までの学校図書館の充実が不可欠なのですが、それと連携する形で、公共図書館もからんでいくことは必要だと思います。
 今ようやく、小学校の図書室や読書指導との連携は進んできましたが、中学校・高等学校との連携はいまだ緒についてもいないといったところだと思われます。

 わたしたち図書館にいる者が、もっと積極的に外へ出て行かなければならない、ということに問題は集約されるようです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年7月 3日

MARCについて/塩バターキャラメル

 どこから説き起こしてよいのやらわからない、こういった諸々のお話でございますが、「MARCとは何ぞや」というご質問を受けましたので、わかる範囲のことを少し書いてみようと思います。

 図書館についての諸々を知るには何を見るのが一番効率がよいかと言いますと、これは、『図書館ハンドブック 第6版』 日本図書館協会 2005年 ということになるでしょう。ムスリムにとってのクルアーン、法律家にとっての六法全書のごときもの、と言っては言いすぎかもしれませんが、某国立図書館の採用試験を受けるなら、これを読み込めと、その昔言われたものです。版を重ねて、第6版が最新。内容も大きく変わっていて、日進月歩とまではいかないものの、刻々と変化する図書館事情をよく網羅してあり、「今」の状況がよくわかります。今から書く文章中の引用は、すべてこの本からです。

 まず、図書館においての「目録」というものについて。

 今は少なくなったかもしれませんが、昔はどこの図書館に行っても、かなりの広いスペースに、木やスチールでできたケースがずらりと並び、何人もの人が引き出しを開けて中に入った小さなカードを見ている、という光景がありました。そういう光景を見られた方も多いと思いますが、あれが図書館における「目録」です。正確には、目録の一種、「カード目録」です。

 何のためにそんな広いスペースを割いて「目録」が置いてあるか。その昔、カッターという人が述べた、目録の目的は、

 「1・ある図書について、著者、タイトル、主題のいずれかを手がかりに、その図書を発見できるようにすること。

 2・その図書館が著者、主題、文献の種類、の観点から何を所蔵しているか示すこと。

 3・版(書誌的)、性質(文献またはトピック)の観点からの図書の選択を援助すること。」

 つまり、目録というのは、利用者が本を探すのを助けるために存在するもので(違ったご意見もございましょうが)、図書館に、絶えて目録なかりせば、わたしたち利用者は、膨大な本の海から一冊の本を見つけ出す手がかりもなく、途方に暮れてしまうわけです。

 ことほどさように、目録とは図書館にとってとても大切なものなのでございます。目録の形態や歴史などの話は省略いたしますが、日本ではだいたい、「日本目録規則 1987年版改訂3版」にしたがって書かれていると思います。ただこれは昨年出たばかりの版なので、実際はもっと古いものを使っているかもしれませんが。

 さて、昔は目録カードなどに手書きで書いていた目録(今でも「目録法」の授業では学生が手書き目録を書いているはず。練習用のカードもある)の世界にも、機械化、電子化の波がやってくるわけです。それが、MARCと呼ばれるものです。

 「MARCとはMAchine Readable Catalogingの略であり、「機械可読目録」と訳されている。字義通りでは、「コンピュータで処理可能な形式の目録」という意味であるが、より正確には以下を意味している。

 1・書誌データの記録形式を定めたMARCフォーマット

 2・書誌データベース頒布サービスとしてのMARC」

 自前で目録を書く(手書きでもデータ入力でも)というのが本来的ではあるものの、カード目録の時代から、実は目録のアウトソーシング化は進んでおり、MARCが主流の現在では、官製、民間合わせて数種類のMARCが存在し、多くの公共図書館では、そういった中から市販されているMARCを購入して使っているわけです。

 余談ですが、手書きの目録を書く機会が減ろうとも、音楽の心得がない者にMIDIは扱えないように、手書きの目録の知識を持たずして、コンピュータの目録が書けようはずもございません。そこんとこよろしく、と言いたい場面にも時折遭遇いたしますね。

 「20世紀後半になると、冊子目録やカード目録のデータを作成するための手段としてコンピュータが用いられ、やがてコンピュータで作成されたデータをそのまま利用する方法が追求され、磁気テープに目録データを記録するMARCが開発された。」

 この中で、物理媒体を介さず、ネットワークで接続されたコンピュータにより直接アクセスできるようにしたものをオンライン目録と呼びます。特に、利用者が直接的に目録用端末から資料を検索できるようにした閲覧用目録をOPAC(online public access catalog)、オーパックと呼びます。

 今の図書館で、大きな場所を取っていた目録カードケースの置いてあった場所に、端末が並んでいるのをご覧になったことがあると思いますが、あれがOPACです。皆さん、あの端末から、目録のデータベースにアクセスしているわけなのです。

 また、近年では、インターネットが普及するに連れ、蔵書目録をwebで公開するようにもなりました。図書館に行かなくても資料が検索できたり、予約もできるようになって、利用者にとっても職員にとっても大変便利になりました。このwebで公開された目録を、Web OPAC(ウェブオーパック)と呼んでいます。

 さて、M.Kさん、お調べいただいたこととほとんど重なっていると思いますし、技術的なことはずっとお詳しいことと存じますので、一応補足として概略をお話しさせていただきました。

*****Web検索してみたのですが、かなり認知されてる略語なんですね*****

 そうですね。図書館関係者であれば、必ず知っているし、知らないと業務に支障を来たすほどの言葉です。ただ、あまりにも日常語彙であるがゆえに、なんとなくこんなもん、との理解に留まり、いざ説明しようとするとちゃんとわかっていない・・・という事態になりがちな語ではありますね。

*****蔵書データベースのフィールドとしてダウンロードって感じですかね(多分 新しい本が 入って着た時の業務)*****

 その通りです。うちも自前で目録を作っているわけではなく、アウトソーシングで市販のMARCを買っています。一部の寄贈本や行政資料、古書、コミックなど市販MARCデータがないものはもちろん自前で入力していますが。

 自館で新たに購入した資料のMARCデータが週1回配信されますので、それをダウンロードしてきて、目録データベースに落とし込むわけです。細かく申しますと、MARCデータには、書誌データとローカルデータの両方があり、書誌データは先に全件MARCとして中央で別途一括登録してある(ちなみにこれを使って発注業務も行います)ので、その書誌データに、ローカルデータをくっつけるわけです。書誌に「所蔵」を付ける、というわけです。

 *****ダウンロードした後 MARC が訂正になったら どの様に整合性 合わすんですかね*****

 MARCの元データの誤りは、実は多いです(近年のものにはあまりありませんが過去のものには多く見受けられます)。目録データベースに登録したMARCデータは、自由に訂正ができますが、各館で訂正するのはローカルデータまで、と内規で決められております。なぜなら書誌データは全館で共有するものなので、各館がそれぞれさわり始めると収拾がつかなくなる恐れがあるからです。あまりに目立つ誤り(いまやほとんどないですが)は業者さんに報告したりもしますが、そちらの訂正状況まではちょっとわかりません。ただ、特に「版」の問題は書誌同定上、微妙ですので、少々の疑い(?)は持ちつつも、MARCをそのまま使っているというのが現状ですね。ほんとはもっと厳密でないと、とは思うのですが。

 以上、長々と失礼いたしました。

Photo_136

 これを書きながら食べていた、バルニエ(BARNIER)というメーカーのゲランドの塩バターキャラメル、すんごくおいしい!!コーヒーによく合うので、何個でも食べられて非常に危険(笑)。名古屋のDEAN&DELUCAで買ったものだけど、もっと買っておけばよかったなあ・・・。このおいしさは、アンリ・ル・ルーに迫る。

 丸い木箱もかわいい。表面の絵は、ブルターニュ地方、ゲランドの塩田の絵。ブルターニュ地方のかぶりもの(何て言うんだっけ?)をかぶった女性が、いかにも~な郷土色。京都のものに舞妓の絵が描いてあるようなもの?

 こちらで見かけた方は「買い」です。そしてぜひご一報を(笑)!

 

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2007年3月26日

ひげじいさん

 ほんとに久しぶりに、「絵本と紙芝居の会」を担当。長くやらぬ間に、会では歌や手遊びを子供たちから期待されるようになっており、プレッシャー・・・(^^;。絵本や紙芝居に緊張はしないが、歌はだめだ~。

 昨日は家でピアノを弾きながら何度も練習。

 ♪トントントントンひげじいさ~ん トントントントンこぶじいさ~ん・・・

 振りをつけて鏡の前でやってみたらば、顔が怖い・・・。そう、わたしは音痴。音程をはずすまいと必死になると顔が怖くなるのだ。にこやかにやろうとすれば余計に怖い。どうすりゃいいんだ!

 ♪始まるよったら始まるよ 始まるよったら始まるよ 今からお話はーじーまーるーよ~♪ 

 さらには楽譜もない、口伝の歌を練習だ。・・・・・これはやめとくかな・・・。

 さて本番、暖かく晴れたこんな日はギャラリーも多く大盛況だ。一般的に「読み聞かせ」と言われているものだが、わたしはこの「読み聞かせ」という言葉が嫌い。「読んであげる」「聞かせる」というニュアンスが押し付けがましくていやなのだ。だからわたしは「絵本読んであげる」なんて絶対に言わない。いつでも「絵本いっしょに読もか?」と誘う。

 で、結局、始まるよったら始まるよ~♪と歌いながら準備を始め、「こんにちは」の後、改めて歌。1冊目『どーこだどこだ』を読み、2冊目『くらいくらい』を読む。くら~いくら~い・・とちょっとおどかすと後ずさりする子、お母さんにしがみつく子などがいておもしろい。いひひ。

 そして「ひげじいさん」の歌。子供の間ではポピュラーな手遊びなので、知っている子も多く、皆楽しそうにやっている。どの子の目も楽しげに、まっすぐこちらに注がれている。そんな目で見つめるのはやめて。お姉さん悪いことできないわ(笑)!

 ラストは紙芝居『かさくんのさんぽ』でフィニッシュ!終わりの言葉はいつも同じ「また来週もいっしょに絵本読んで遊びましょう」。やっぱりいっしょに楽しまないと見てる子供も楽しくないよ。

 久しぶりに楽しかったな、「絵本と紙芝居の会」。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2007年3月 2日

明日のお菓子

 蔵点も今日で終わり。今年は順調に作業がはかどって問題もなかったので、これにて終了。午前中はひたすら配架とブックメールの処理を黙々とものも言わずにやり続ける。が、やってもやってもきりがない(>_<)。それでも作業のめどが立ったので、できれば・・・とお願いしておいた後半休をもらう。

 さあ、明日の来客のための準備だ!まずはジャスコで買出し。荷物がかさばりすぎたので、急遽マイバスケットを買って、それに詰めて自転車の前かごに乗せて帰る。その荷物を量と重さを見た父、そんなんで自転車に乗るとは信じられん・・・と心底驚いた様子。

 まずケーキを焼こう。レモンピールを入れたパウンドケーキを大きなパウンド型で。いつもみたいにいいかげんには作らないよ。気合入れてちゃんと作るよ。型が大きかったので焼き上がるまで1時間かかった。

 その間にパンナコッタを作る。簡単なのですぐできるがまだケーキは焼き上がらない。

 どちらも試食用に小さいのを作って夕食後に試食。おお。特にパウンドケーキ、ちゃんと作ればまだまだおいしいもん作れるんやん、わたし。これなら人様に食べていただいてもよろしかろう。

 ケーキが焼き上がるとすぐさま、所用をこなしに京都駅へ。帰りに、伊勢丹の地下に寄って、明日作るタルタルソースに入れるディルの葉っぱを買う。

 ・・・すると、わたしの腕を後ろからさわる人あり。振り向くとそこにはなんとお仕事帰りのかもめさん!昨日はWGでニアミスだったのに、なんと奇遇。汚~いかっこうのわたしは少し恥ずかし(^^;かったけど、会えばうれしいのでつい立ち話。かもめさん、やっぱりおいしそうなものを持っておられたのでチェック(^^)!

 かもめさんに先日のドラマのビデオ持って来るね~、と約束したのに!・・・のに!!おバカの弟が重ね撮りして、ドラマはきれいに消えてなくなっていた。職場ロケがあったドラマなのに~。今の職場は老朽化のためなくなるのが決まっているし、記念に残しておこうと思っていたのに~~!!

 もう、激怒。しばらく弟に怒鳴り続けてたら頭痛がしてきた。脳の血管切れたのかも・・・。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年3月 1日

なんとかほぼ完了

 蔵点3日目。不明予定資料とエラーリストの処理を終える。蔵書点検をして本がない、というのはぶっちゃけた話、十中八九盗まれたってわけだ。今年は六法全書がやられていたよ。ふ~む。盗んだ本で法律の勉強かあ??料理本コレクターも健在。盗んだ本見て幼稚園に通う我が子の毎日のお弁当作るんだ~。子育てしてるんだ~。どんな子に育つんだろう。かなりキモい。図書館の本を勝手に自分の蔵書にするのは窃盗罪です。

 帰りにこれまた昨日棚おろしが終わったばっかりのワイングロッサリーにチーズを受け取りに行く。蔵書点検は図書館の棚おろしのようなもの、とはよく言われるけど、お店ではどんなふうにするのかなあ・・・と職場で話していたところなので、岡田さんにちょっと聞いてみた。

 やはり蔵点と似ていて、HHTで、ボトルに貼られたバーコードをスキャンして数を数える。そしてあるべきワインのリストと照らし合わせて、金額が合っているかを調べるのだそう。なるほど。知らなかったことを聞くのはおもしろい。でもお忙しいのにいらん話を長々とすみません(^^;。ちょっと「カウンターにへばりつく利用者」みたいになってました。Photo_323

 今日いただいたのは、フルール・デュ・マキ。さわやかなローズマリーの香りと表面の青かび。中はむっちりと密で、こくがあってとってもおいしい!

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007年2月27日

初日(のおやつ)

 今日から4日間の日程で蔵書点検である。初日の今日は、ま、滞りなくもないけど無事終了。もちろん全部終わったわけもないけれど、去年最後まで残ってえらい目にあった書庫のスキャンが完了してよかったよかった。もうそれだけで気が楽。

 お店の「棚下ろし」というのはどういう手順でするのかは知らないけれど、「蔵書点検」は図書館の棚下ろしのようなもの、とよく言われる。まずきちんと書架整理して本を並べて、HHTで1冊づつスキャン。それをPCに落とし込んで、「今書架にあるべき本」のリストと照会する。「あるべきなのにない本」などのリストを上げてよ~く探す。紛失率が高ければげんなりする。利用者が盗んだとはあまり思いたくないけどね・・・。

 今日の休憩のおやつは、嵯峨釈迦堂前の米満堂というお菓子屋さんの草餅をいただいた。粒餡をオムレットみたいにお餅で包んだ形で、おいしかった。いただきものってうれしいな。知らないお店のお菓子が食べられるから。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年2月 8日

神戸ファッション美術館