2008年6月13日

『空想キッチン!』

32011736  『空想キッチン!』(ナレッジエンタ読本5) ケンタロウ/著 柳田理科雄/著 メディアファクトリー 2008年

 ケンタロウと柳田理科雄が、アニメに出てくる食べ物を大真面目に論じ、分析し、ときには再現までしてしまう本。おもしろかった・・・(笑)。

 余談だけれど、「理科雄」って、今までペンネームだとばかり思っていたら、本名なんだって。知らなかった。ほんとに理科をやるために生まれてきた人なのね?わたしも理科子だったら、もうちょっと理科ができるようになってたかも(笑)。

 ページをめくると、いきなりのカラーが、「ハクション大魔王」のハンバーグ!はい。一定の年になってる人しかわかりませんね?

 あれはハンバーグではなくて、どう見たって、ミンチカツだよね?子どもの頃に母に作ってくれとねだってみたところ、画面を見るなり母も即座に「これはミンチカツ!」と言っていた。でもなんと、これは初期の設定では、「コロッケ」だったのだとか。で、後から絵はそのままで、セリフだけ「ハンバーグ」に替えたのだそうだ。そうだったのかあ。だから油で揚げていたのね?

 余談だけれど、この「ミンチカツ」関西ではちゃんとミンチカツって言うけれど、東京方面じゃなぜか「メンチカツ」って言うようだ。なぜ「メ」?とっても不思議だ。

 「はじめ人間ギャートルズ」のマンモスの肉。これも忘れられない食べ物です。マンモーとか言ってたな・・。これがまたありえへん肉だったのだけれど、妙にうまそうだったから。いかにケンタロウでもこれは再現は無理(笑)!

 わたしは子どもの頃から、食い意地が張っていたので、アニメやまんがを見ては、あれが食べたい、あれを作ってくれろと、祖母や母に言いまくっていたものだ。

 ドラえもんのどらやきもその一つだった。あまりにもドラえもんがおいしそうに食べるので、ある日母にどらやきを買ってくれとねだった。すると母は、今日は買えない。21日まで待てと言う。なぜだかわからなかったが素直に待った。

 21日になって、母が買って来てくれたのは、笹屋のどら焼きだった。これじゃない!と必至に訴え、コロコロコミックのドラえもんを見せると、即座に母は、「これはみかさや!」と言った・・・。みかさならしょちゅう食べてるしorz。

 京都の人はわかる話だと思うが、一応解説。

 笹屋のどら焼きというのは、笹屋伊織で、毎月、弘法さんの日(21日)前後の計3日間しか作られないお菓子で、このようなもの。ドラえもんのどら焼きは、関西では「みかさ(三笠)」と言う。もともとは奈良?名前の由来は、たしか、古歌にある「三笠の山に出でし月かも・・」の、三笠山から来ていたはず。

 小池さんのラーメン、ハイジのとろけるチーズを乗せたパン、いろいろ気になるまんがやアニメの食べ物だけど、あなたが食べてみたかったのは何ですか(笑)?

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2008年6月 5日

勘定

32055960  『数学で犯罪を解決する』 キース・デブリン ゲーリー・ローデン/著 山形浩生 守岡桜/訳 ダイヤモンド社 2008年

 先日この本を読んで、大変おもしろかったのだけれど、その第13章 「カジノでの犯罪 数学で胴元を負かすには」に取り上げられていたのが、カードカウンティング。カードカウンティングとは、カジノでプレイされるブラックジャックで、文字通り、カードを正確に勘定して(細工をしたりなどのイカサマとは違う)有利な局面になればここぞと大金を賭け、ディーラーとの勝負に勝って大儲けすること。ブラックジャックというと、昔々「にじゅういち」という名前のトランプゲームとしてやった覚えがあるくらいで、もうほとんど覚えていないけれど、そんなこともできるのか、と興味深く読んだ。

 この本の中で「近日公開予定の映画」(たぶんこの本が書かれた時点のアメリカで)として『21』という映画が紹介されていた。これが今、日本でも公開されている映画『ラスベガスをぶっつぶせ』で、わたしは知らなかったのだけれども、何となく映画の広告を見ていて、ああ、これは・・とはたと気付いて、見に行ってみた。

 もちろん、カードカウンティングの話で、MIT(マサチューセッツ工科大学)の優秀な学生たちが、ある教授によって秘密裏に集められ、チームを組んでラスベガスのカジノへ行き、見事な手練手管を使って大金を儲けるが・・・、という話。 51f0vbsr82l__sl500_aa240__2

映画ではフィクションも交えてお話を作ってあるのだろうけれど、元になったのは実話らしい。原作本は、『ラス・ヴェガスをブッつぶせ!』 ベン・メズリック/著 真崎義博/訳 アスペクト 2003年 で、本の方も人気が高いそうだ。わたしも近々読む予定。

 映画もなかなかおもしろかった。ただ、主人公の、MITの21歳の優秀だけど貧乏な学生ベンが、ハーバード医科大学で学ぶための学費30万ドルを手に入れるためにカードカウンティングをやり始める・・・という設定なんだけど・・、う~ん。アメリカの大学事情とかまったく知らないのだけれど、お医者さんになるんだったら、最初からハーバードに行ったらええやん、MIT卒業せんでもええやん、お金無いんやったら・・。などと思って、よく事情が飲み込めなかったりもするのだった(笑)。 

 そのベンが、映画中で、授業中の「内職」として一生懸命に勉強していたのがこの本、『Beat the Dealer』。表紙が写ったときはちょっと笑ってしまった。

 邦訳は、『ディーラーをやっつけろ!』 エドワード・O・ソープ/著 宮崎三瑛/訳 パンローリング 2006 で、アメリカで1962年に出版されたこの本が、ブラックジャックにおける戦略を示した魁で、70万部を超えるベストセラーになったと言う。 おもしろいのは、この一人の数学者が出した本を読んで、たくさんの人々が我も我もとブラックジャックのテーブルに押し寄せたということで、こういった人々は、

 「戦略の細かい部分をきちんと正しく実施できるほど覚えきれていなかったし、厳しい現実の手札に直面すると、数学的に導いた最高戦略をあっさりと放棄してしまうのだった。いい手や悪い手が続いただけで―たとえば基本的な戦略にしたがって何度か続けて負けてしまうと―そのプレーヤーはソープが慎重に計算した指示を無視するようになってしまう。」 ―『数学で犯罪を解決する』 p.286

 ・・・のだそうだ。さっそく自分もやってみようとするところがすごい。よっぽど腕に覚え、いや、頭に覚えのある人が多いと見え、その浅はかさがかなり笑える。

 ただ、今は、ルールが変わったり、新しい機械が導入されたり、上方からのカメラなどでの監視が厳しくなったりして、頭に覚えのある人もラスベガスで大儲けはできないもよう。

  残念ですか(笑)??

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2008年5月28日

『仏果を得ず』

51fjwkvnrvl__sl500_aa240_  『仏果を得ず』 三浦しをん/著 双葉社 2007年

何年か前、国立文楽劇場でパンフレットを買ったときに、三浦しをんが文章を寄せているのに気がついて、あれ?と思った。三浦しをんと文楽、意外なつながりだなあと思っていたのだが、彼女の傾倒ぶりはかなりのものだったらしく、その後、『あやつられ文楽鑑賞』を出版、続いてこの『仏果を得ず』という、おそらく初めての(?)「義太夫小説」(笑)を書き上げた。義太夫にたずさわる国立文楽劇場の技芸員が主人公のこの小説には、ほんとに、義太夫と文楽に対する彼女の思いがあふれていて、読後感が非常によい。

 歌舞伎は、まだ子どもと言ってもよい自分からちょくちょく見ていたのだが、関西に生まれ育ちながら(とは言っても、大阪の子は何かにつけて文楽に小学生くらいから親しむ(親しまされる?)ものらしいが、京都の子はそうでもない)、文楽を初めて見たのは、恥ずかしながら、30も越えてからだった。

 生きているかのような人形の動きに魅せられ、義太夫の語りに手に汗握り、時には涙し、三味線の音に心震える・・・。命を持たない人形に命が吹き込まれ、無表情な顔にいろいろな表情が見える・・・。

 そんな経験をわたしは実際にしたので、三浦しをんが『仏果を得ず』の中で書いていることは、本当のことで、大げさでもなんでもないような気がする。

 近松門左衛門の作品はいいなあ、と思う。でもたぶん、字では読めないと思う。しかし歌舞伎では役者が演じ、義太夫では太夫が語って聞かせてくれるから、大昔の大坂の町に生きた人々にシンクロして、心地よく、時には切なく、苦しく、物語世界に入り込むことができる。いつも、語りの力は偉大だなあと思う。「聞く」力は、人生の早いうちから最後まで人が持ち続けることができる力。

 さっそく義太夫が聞きたくなってる(笑)。

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2008年5月26日

「フランス伝統の・・・」

32030452  『ランジェ公爵夫人』 オノレ・ド・バルザック/著 工藤庸子/訳 集英社 2008年

 「フランス伝統の」という枕詞をつけたくなるような小説。久しぶりに心理小説をたっぷり楽しんだような気がする。この作品は、確実に『クレーヴの奥方』の系譜につながっていそうだ。

 立て板に水のように語るランジェ公爵夫人の饒舌なセリフが、地の文をしのぐ勢いで事細かに心の内を鋭く分析して言葉をもって明らかにしていく怒涛のような展開は、まさに心理小説の醍醐味、といった感じ。おフランスざんすね・・・。

 フランス文学で何か一つだけ、これはという作品を挙げるなら、わたしは今も昔も、ラファイエット夫人の『クレーヴの奥方』を挙げる。そう言うと、「渋いですねぇ」などと言われることもあるけど、渋いと言うより、これは「王道」、この作品が書かれた1678年以来脈々とその系譜は続いている。・・・とかえらそうなことを書いているけれど、要するにわたしは『クレーヴの奥方』が大好きなので、その子孫であるところのroman d'analyse(心理小説)には大変に親しみがわくのである。

 『ランジェ公爵夫人』の中には、抜き出してもそのまま箴言としてもよさそうな文がいっぱいあっておもしろい。

 「神さまは神さまの居場所にそっとしておかれたらどうです、神さまのためにもわたしのためにもね。」

 「社会階層をのぼるほどに、最下層の汚泥が見つかるのですね。ただしそこでは汚泥が固まって金色に塗られている。」

 「待つことは恐ろしい嵐であり、同時に甘い悦びの醸成であることを知らぬような人には、禍あれ!」「愛においては、待つということは、確かな希望をたえず汲みあげることを意味しよう!」

 「伯父さま、わたくしも、人を愛するようになるまでは、計算くらいできましたのよ。」

 こんなこと言うてみたいもんだ。オジサマ ワタクシモ ヒトヲアイスルヨウニナルマデハ ケイサンクライ デキマシタノヨ・・・。

 今ちょうど、大阪のシネ・ヌーヴォで、映画をやってるので行きたいんだけどなあ・・・。

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2008年5月24日

貴族とミゼラーブル

 今日は昨日より目が覚めてる。

 久しぶりにレファレンスを2件ほど。まだ蔵書をよく把握していない場所でのレファレンスはとてもやりにくいものだけれど、これくらいなら大丈夫。最近ほとんどすることがなくなっていたので、久しぶりにするとやっぱり楽しいな。

 女性。カウンターに来て「ちょっと調べてほしいんやけどね。おしょうさんが~・・」と始まる。続きを聞くと「おしょうさんが蜂蜜かなんかを毒やって言うて・・・」と続く。つまりそんな話を探してほしいと。

 これは狂言の「附子(ぶす)」だと思ったので、内田麟太郎さんの狂言絵本を出してきてみる。一読して、この話だと言いつつもけげんな様子の女性。「これでは『主人』となってるけど、わたしが子どもの頃に読んだのはおしょうさんやった。違うんやろか?」と言う。もう一冊、狂言集など出して見て見るも、記述は「旦那」で、おしょうさんではない。そこで何冊か狂言の解説本を出してみた。「附子」は有名な作品なので、必ず載っているはず。

 その中の一冊に答えがあった。「同様の話は一休とんち話にもあり・・・」との記述。なるほど!と、今度は一休さんのとんち話を当たる。すると、京都の民話の本に、「どくのつぼ」という題で収録されていた。それを見せると、「ああ、これこれ」と女性は大変満足された様子。 ふ~ん。一休さんの話にも同じようなのがあったとは知らなんだ。とても勉強になった。

 次も女性。フロアにて質問される。「すみません。パスカルに関係した本は?」「数学者の?」と訊くと、そうだと言う。訊いてしまってから、ブレーズ・パスカルのほかに有名なパスカルっていたっけ?ラスカル?そりゃアライグマやん・・・、と一瞬考えをめぐらしてしまったが、とりあえずパスカルのどんなことについて調べたいのか訊いてみる。

 すると大方の予想どおり、「人間は考える葦」という言葉が載っている本ということだったので、すぐさま『パンセ』を検索して、年期の入った「世界の名著」を出す。だって自館には『パンセ』それしかなかったんだもん。

 さてところが、いくつもの「断章」の中から、探しておられる一文を見つけなければならない。厚い本を一冊渡されて、この中に書いてありますから見て、と言われるのはわたしだっていやだ。どうして調べようかなあと思っていると、巻末に索引が・・・。ラッキー!さすが「世界の名著」だわ。「葦」で引くと、すぐに出た。それにしても、「人間は考える葦である」とは、ずいぶんと端折った一文になったものだなあ。

 そうそう。このあいだは、その筋の、でもめちゃめちゃ気のよさそうなおじさんが、刺青の図案などを調べに来たのだが、そのときは自館の資料で間に合わず、非常にくやしい思いをした。前の館で確か買ってたはずなんだけど・・・。あの本なら載ってるのに~・・・、ということが、異動になるたびに起こるのは難儀なことだ。Photo

 大丸のヴィタメールのカフェミゼラーブルを食べる。このあいだショーケースを見たときにはなかったので、よもや製造中止では?と案じていたのだが、今日はちゃんとあったのでよかった。まあこれも何度も書いているけれど、ミゼラーブルはベルギー銘菓で、アーモンドの生地とバタークリームのとってもおいしいお菓子です。なぜmisérableと言うのかということは、ベルギー人もフランス人も知りません。どなたかご存じでしたらご教示くださいませ。

 ああ、このクリーム、ほんとにおいしい。こくがあるので、コーヒーによく合う。これはほんとにクリームを味わうお菓子だなあ・・・。幸せ(笑)。

 コーヒーを飲みながら、『ランジェ公爵夫人』を読む。ヴィタメールのカフェに、公爵夫人。う~ん、貴族!でもミゼラーブルなんだよね。

 恋愛の話を語るのに、スペインのとある修道院のこと細かい描写から、バルザックは説き起こす。非常に退屈・・・。いつになったら話始まるねん・・・?『谷間の百合』を、同じような退屈さのために途中で放棄してしまったことを思い出す。二の舞になるのではなかろうか。

 いやになりかけたところでようやく男登場。彼は、かの修道院になんとか入り込もうと権謀術数をめぐらす。やっと話がおもしろくなってきたと思って、第二章。

 またまたバルザック、フォーブール・サン=ジェルマンと貴族について語りまくる。せっかく話始まったと思ったら・・・。あらら~、と思っていると、訳者が後書きで、

 「のっけから不謹慎なようだけれど、バルザックの世界にはあまり馴染みがないと思われる方には、飛ばし読みをおすすめしたい」

 などと言っちゃってる。なんだそうしてもいいのか、知らなんだ・・・。わたしは、フォーブール・サン=ジェルマンと貴族についての語りは非常におもしろいと思ったけれど、退屈な風景の描写はちょっとしんどいなあ。がまん強く読んだけど。

 物語はまだ始まったばかり。展開が楽しみだ。主人公の名前が、アルマンとアントワネット(笑)っていうところも、妙な期待。

 貴族と言えば、最近ではどうも髭男爵だな・・・。

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2008年5月17日

読み聞かせ

 まりまりさんと小さな王子様のために。

 主に子どもに対して、絵本などを共に見ながら音読することを指す言葉として、「読み聞かせ」は一般的な言葉になっています。この言葉はもともと、今から40年ほど前に、名前は失念しましたが、ある読書団体(?)が使い始めた言葉のようでして、今でも「読み聞かせ」という言葉があまり好きではない人は、「読み語り」などといった、違う言葉を使ったりもしています。わたしも、ちょっとこの言葉には「上から目線」を感じたりもして、しっくりこない面もあるのですが、他にぴったりな言葉も見つからないので使っています。

 同じ理由で、子どもに対して、「絵本を読んであげる」、とは決して言いません。必ず「絵本をいっしょに読む」、です。絵本は大人が子どもに一方的に読んでやるものではなくて、子どもといっしょに楽しむものです。いっしょに楽しむ気持ちがない読み聞かせは、大人にとっても子どもにとっても気持ちののらない、つまらないものでしょう。

 情操教育のためとか、頭のよい子にしようとか、言葉を覚えさせようとか、読み聞かせに効果を期待して、またそのために読み聞かせをしようとするのはありがちなことですが、それは本末転倒です。大人の読書についても言えることなのですが、そういった効能は、副次的なものに過ぎません。楽しむこと、それが第一義です。

 読み聞かせは、0歳児からできます。ただ、主眼はお話を読んで理解させることではなく、絵本を使って、子どもとのコミュニケーションそのものを楽しむことにあります。

 赤ちゃんの顔を見て、語りかけ、笑いかけ、ときにはスキンシップをとりながら、絵本を読みます。そうすると赤ちゃんも、じっと注意深くこちらを見て、ときにはあ~あ~、う~う~、とお話をしてくれますよ。想像しただけでもなんとなく楽しくなりますね(^^)。

 赤ちゃんが本を触りたがったり、ページをめくりたがったりしたら、ぜひやらせてあげてください。厚紙でできた本などはめくりやすくていいですし、最近はいろいろな紙や布などが貼ってあって、触って楽しむ絵本もありますから、そういうのも楽しいですね。

 ぜひ、楽しい読書の第一歩を(^^)!

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2008年5月16日

うたうた12つき

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 12がつ

12がつが やってきた

1ねんは 365にち

おなか こわした

かぜ ひいた

ころんだ ぶつけた すりむいた

たんこぶつくって べそかいた

しんぱいした日も あったけど

おわりよければ すべてよし

ぼうねんかいで しめくくり

まるく わになって

おどろう うたおう

うた うた 12つきの うた

らいねんも さらいねんも

うた うた 12つき

うれしいこと たのしいことが

いっぱい あるように

おどろう うたおう

みんな なかよく

わになって  

『ぐりとぐらのうたうた12つき』 なかがわりえことやまわきゆりこ 福音館書店 2003年

 何回読んでいても、ぐりとぐらの本って、書架に戻っているとついつい手に取って見てしまうんだなあ・・・。

 山脇百合子さんの絵はほんとに癒される。草花のタッチが特に好き。

 ああ、今日も癒された・・・。

 ぐりとぐらシリーズは、名著だ!!     

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2008年5月15日

料理は科学

Tky200805020134  『フランス料理の「なぞ」を解く』 エルヴェ・ティス/著 須山泰秀・遠田敬子/共訳 柴田書店 2008年

 フランス国立農学研究所の物理化学者が、アペリティフからデセールまで、実際のフランス料理のルセットに沿って、その手順の科学的な裏付けあるいは反証をもって解説する、という趣向の本。そしてその通りに作ればおいしい料理が出来上がるという「作り方」の本でもある。

 これはこういう理由でこうするのだ、とか、こういう原理でこんな状態になるのだ、といちいち納得したい人向き?・・・だとばかりは言えなくて、どんな作業でも理屈や仕組みをわかってやった方がスムーズに進むし、忘れないし、ミスも少ないものだ。

 「料理は科学」、とよく母が言っていたことや、子どもの頃に何回か訪ねた、母の先生の実験室の様子などを懐かしく思い出す。たまにだけれど、台所で、酢卵を作ったり、小麦粉からグルテンを取ったり、ちょっとした調理科学の実験をして遊んでくれたこともあったなあ・・・。

 ちょっと往年の辻静雄先生にも似た、かっこいい著者のエルヴェ・ティス氏、料理人としてもほとんどプロなのだろう。どの料理もとてもおいしそうだ。日本の台所で作るのはちょっと難しそうなものもあるけれど、作ってみたくなるような料理も多し。

 著者は断言する。

 「料理というものは、きちんと説明がなされていれば単純なものなのです。たとえ複雑をきわめる料理でも、それは基本技術の総和にすぎません。~~もちろん、避けなければならない失敗はあるにせよ、ほんの少しの注意力と理解力があれば大丈夫です。~~~私が言わんとしているのは、すべての調理作業について正確な説明が書かれていて、少しでも意欲があれば、いかなる料理も完成させることができるということです。」

 クラージュ!! 

 語り口のそこここには上品なユーモアがあって、引き付けられる。それはフランスのエスプリ(笑)??

 各ルセットの冒頭には一つづつ、おなじみのブリア・サヴァランやグリモ・ドゥ・ラ・レニエールの著作からの引用文がきれいな小さい挿絵と共に入れてあり、それも大変に慕わしい。つまり、作りからしてとても自分好みなのだ(笑)。

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2008年2月22日

古典に親しむ時間

 七連勤中の遅番。今日は夜までなんだかばたばたしたなあ・・・。自分のやることが多かったからかな。以下、埒もない、何のためにもならない話ですので、「直江」という名前にピンとくる人以外読まないでください。何の意味もオチもありませんので。

 Tさんが、「はたこさんとM嬢に言おうと思ってたんですが、次のNHK大河、妻夫木くんが直江ですってよ?上杉はまだわからないけど(笑)?」

 「えええっ!!直江って、まさか『炎の蜃気楼(ミラージュ)』なんて大胆なことはないよね?大河やもんね??」

 「それはないでしょう、大河やもん・・ふふ。」「だよね~。」

 一瞬騙されかけたが(ほんとにわたしはよく騙される)、聞けば原作は、火坂雅志の『天地人』だそうだ。書架から取って来て見てみると直江兼続と上杉景勝の話だった。ふ~ん、信綱と景虎じゃないんだ。(当たり前だ)

 この『炎の蜃気楼(ミラージュ)』、これから読もうとしている利用者さんがいて、実は今最初の方の巻が職場の予約取り置き棚に並んでおり、何かと話題にしてはM嬢と楽しんでいる。最近、外伝の新刊も出たしね。

 ブックメールを処理しながら、「ミラージュやん?!これ、これから読もう思ったらかなりしんどいですよね?」

 「ほんまやねぇ・・。最初の作品と趣旨違ってくるしなあ。一作目なんかその片鱗もないのに。」

 「おわ~。「覇者の魔鏡」「わだつみの楊貴妃」!このへんめっちゃおもしろいとこですよね?」 「そうそう!夢中になって読んだわ~。」

 「うわ。この表紙!直江大胆~~。高耶さん!!」

 「この作品、既に”古典”と言ってもいいかもねぇ・・・。風格と言い、構成と言い・・。」 「そうかも。」

 「全巻揃えて、テーマ展示”古典に親しむ時間”っていう企画できひんかな?」 !!

 「他にはね~、”まよてん”『真夜中の天使』と~、『朝日のあたる家』と~、『私説三国志』は必ず置きたい!だってテーマは”古典に親しむ時間”やからね。」

 「無理?公共図書館では?」 ま、市○への手紙書かれそうやもんね。限られた人にのみご奉仕する図書館。

 ・・・・『日出処の天子』と~、『摩利と新吾』と~。ほんまの古典も置くし。『雨月物語』、「菊花の契り」で決め。・・・

 暴走する妄想列車は誰にも止められない。

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2008年2月 2日

おやつとまんが

Photo  おつかいものを買ったついでに自分の分も(笑)。予約しないと買えないので。松屋長崎マドレーヌって、やっぱりおいしいと思うなあ・・・。フランス菓子のマドレーヌとは一味違う、カステラ屋さんのマドレーヌ。敷き紙がなんとも懐かしい感じ。

 たぶん水飴とか練乳とか入っているのかなあ?生地が白っぽくて、しっとり、ねっとりもっちり。

 できてすぐのを食べれば、表面の端っこがちょっとキャラメリゼされたようになっていて、この部分がまたおいしいことを発見した。Photo_2

 『聖(セイント)☆おにいさん』 中村光/著 講談社 2008年

 ちょっとおもしろいまんがを発見したので。イエスとブッダが長期休暇を取って、立川のアパートで共同生活しながら、まったりと休暇を楽しんでいる・・・というだけの話(笑)。日常さかげんと、ゆるさが笑える。聖人の休日です。

 これはDMCとは違って(笑)、人前で読んでも大丈夫ですね♪

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2008年2月 1日

『現場からの製菓フランス語』

Photo_2   『現場からの製菓フランス語』 塩川由美·藤原智子/著 調理栄養教育公社 2008年

 製菓を学んでいる人やフランス菓子に興味があって、作ってみたりもする人の、まさにかゆいところに手が届くといった感じの本である。

 お菓子やデザートの名前の付け方やルセットの読み方を実践的に教えてくれる本というのは、ありそうでなかなかないものだ。

 先行するものとして、『お菓子作りのフランス語』 大阪あべの辻製菓専門学校/編1990年 という本があるが、これはいささか文法に重きが置かれすぎのような気がして、とっつきにくい。製菓の歴史についての文献を読むことを視野に入れるならそれも必要だが、ルセットを読むだけの目的に、単純過去はいらないんじゃないかと思う。

 『現場からの製菓フランス語』は、書き込み式の練習帳になっているので、わたしも1冊やってみた。「基礎編 菓子·デザート名の書き方」と「ルセット編」「「会話編」の三つに分かれている。

 フランスのお菓子の名前。例えば、Tartelettes aux fraises、いちごのタルトレット。書いてあるのを読めば、タルト·オ·フレーズ、いちごのタルトか~、と特に何を思うこともなく納得してはいるけれど、これを一から自分で書こうと思うと、つまり例えば自分で作ったお菓子の名前を書こうと思ったら、さて?

 タルトレットは複数(Tartelettes)なのか単数(Tartelette)でよいのか、いちごは複数(fraises)で合っているのか、auxではなくてほんとはdeとかdesとかじゃないんだろうか?いやいやその前に、どこを大文字にすればよいのだ?とか、際限なく頭を悩ませることになるのだ。

 かゆいところに手が届く、というのはまさにそこで、こういった疑問にダイレクトに解答が示され、複雑な、何層にもなった構造のお菓子の名前の構造も、構文で示されているので大変わかりやすい。例えば、

 Galette de sarrasin aux pommes 口 la bretonne  りんご入り蕎麦のガレット、ブルターニュ風、といった長いものも、構文の表に従って書けば迷わずに書けるし、意味もわかる。

 文法的に考えるなら、この練習は、ひたすら過去分詞や形容詞と修飾される名詞の性と数を間違いなく一致させるということがほとんどだと思う。それだけと言えばそうなのだけれど、これはよほど注意して書かないとすぐに複数のsを落としたり、女性のeを落としたりしてしまいがちなのだ。

 何回も失敗すると、自分がとても不注意な人に思えてくる(笑)。しかし、小さなこととあなどるなかれ。この性と数の一致の問題は、フランス語の明晰性に大きく関わってくるのだ、と学生時分のとても怖い先生にさんざん言われ続けたものだった。···ということをやっていて思い出した。怖かったな···。

 「ルセット編」は、材料と分量の書き方を覚え、ひたすら実際にフランス語で書かれたルセットを訳す。マドレーヌのような簡単なルセットから、だんだんと高度なものへ、新しい表現を加えながら進んでいく。先にも少し書いたが、ルセットには単純過去が出るわけもなく、ただ不定形と命令形を覚えればこと足りる。辞書をひくときのために、命令形から不定形を思い浮かべられるようにはしておいた方がいいかもしれない。

 訳していると、なかなか楽しくて、一度このルセットで実際にお菓子を作ってみようかなという気になってきた。

 お菓子好きさんにはぜひやってみることをおすすめしたい。テストではないのだから、わかっているようなことでもこまめに辞書を引くのがよいと思う。この本の内容を覚えておけば、パリでも楽々お菓子のお買い物ができるようになるかも♪

 姉妹編に『現場からの調理フランス語』というのもあるようなので、そのうちこちらもやってみたいと思う。とてもおもしろそうだ。

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2008年1月 3日

flower of life

 ちょっとバーゲンでも見に行こうかな、と、伊勢丹へ出掛ける。思えばその昔、母は服などを買い物してきたわたしに、「安物買いの銭失い」という痛烈な一言を投げつけたものだった。今でも安物は好きですが、何か?

 思ったとおり、エスカレーターに規制がかかるほどの大混雑。見に行くショップはたいてい決まっている。今の年齢になったときには、立派なマダムになっているはずだったのに、シックとかエレガンスとか、BCBG(ボンシックボンジャンル)と言ったことからはほど遠いと思われる。まだ二十歳くらいの頃、たまたま入った洋食屋の主人が占い師で、わたしをじっと見て、「あんたは老けへんな。そのまんま年取るわ。」と突然言った。老けているかどうかはともかくとして、いろんな意味で小娘のままなのは確か。そんなことを思い出した。短時間で疲れ果て、早々に帰宅する。51g6xbd75kl__aa240_ 夜はエリック・ロデズの続きと海老の塩焼きなど。

『フラワーズ・オブ・ライフ』 全4巻 よしながふみ/著 新書館 2005~2007年

全4冊イッキ読み。まとまった時間を本やまんがを読むことに費やせるってしあわせ~。願わくば、こんな日常を・・・。予想以上にこの作品はよかったのでほくほく。

 flower of lifeってこういう意味の連語だったのか、と最後に思う。よしながふみはやはり名手だな。4巻ラストの見開き2ページの余韻がすばらしくて、ちょっとじんとする。

 6日間の休みも、過ぎてしまえばあっという間。さあ、明日は御用始め。ぼちぼち行きましょ。また、明日からは節制の日々。月末までに3キロ落とす。絶対に。

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2007年12月28日

コンプリート

 雨の御用納め。昨日で閉館はしているので、終日、中での作業。在架予約のピックアップと搬送、返却本の配架、ブックメールの受け入れ、新着雑誌の受け入れといった日常業務に加えて、午前中に本年最終の除籍作業、ミーティング。しばらく前からの問題もうまく収まったようでよかった。新刊本の発注。年の瀬に餅代が出たってとこか。1月からのテーマ展示のための展示替え。実際レイアウトしてみると、けっこうよさそうな感じ。掲示物の張り替えなどの雑務。台所当番だったので、最後にシンクなどを磨いて年末大そうじとする。明日からはお休み。とは言え年末の休みは、働く場所が職場か家かの違いだけ(笑)。家でも夕食後、シンク磨き。Calf2m44

 紋切り型が楽しくて楽しくて、真夜中に夢中で切り続けて、紋切り型の本を一冊、コンプリートする勢い。こんなことではますますひとり上手に磨きがかかってしまう(笑)。30922122

 『一休さんの寺子屋数学-身のまわりの数学』 足立久美子/著 国土社 2002年

 左の紋は、この本を見て切った。最近、切り絵が人気で、関連の本の所蔵の問い合わせも多く、切り絵の本は常に書架にないことが多いけれど、ちょっとひねって、754の分類のついたものだけではなく、数学・算数の本を紹介するという手もある。この本には伝統的な紋切りが、31103059_2

 『算数と図形 2-五角形の世界』 佐藤諒/著 星の環会 2003年

 そしてこの本には、いろいろな切り絵がたくさん紹介されている。書いた人はよっぽど五角形が好きなのだろうかと思ってしまうくらい、五角形にこだわった本。ちょっと珍しいかも。    

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 たくさんできたので、テーマ展示にも活用。数学・切り絵・家紋の本の紹介と共に。

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 『紋切り型 花の巻』 エクスプランテ 2005年

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2007年12月18日

食味エッセイ

 休日。なので8時半くらいまでは寝ようと思ったのに、6時55分に目が覚めた。大変遺憾ではあったが、起きることにする。年末であるので、日常の家事に加えて、大型ごみを持って行ってもらうための手配や、押入れや物置スペースの整理など。また、パソコンを使えない父のために年賀状を作成。ボタン付けやつくろいものなど。

 あれをやってこれをやって、こっちをしている間にあっちを片付ける・・・、と、作業をしている間にも絶えず頭の中で段取りをしているので、なんだか疲れる。

 先日来読んでいる、池波正太郎先生(愛読者でもないのに先生と言ってしまうのはどうしてだろう。)の『食卓の情景』というエッセイが、とてもおもしろい。昭和40年代に書かれた文章で、話し言葉なども今の今とは不思議なほどに違っているのも興味深い。食味エッセイというジャンルは大好きなので、中学生くらいのころから何かと読んだが、時を経ても色あせない、というか、何十年後の今読んでも十分に楽しめる。「食べる」ということの普遍性ゆえであろうか。

 昔の人の書いた食味エッセイには、似たところがあるのかもしれない。『食卓の情景』を読みながら、タイトルも著者の名前も忘れていたのだが、ぼんやりと一冊の本を思い出した。それが何であったかを確かめるために、自分の書架を探る。

 本はあまり買わないので持っている本は少ない。とは言ってもどの段も二重に本が詰まっており、職場で分類は十分堪能しているので、量も少ないことでもあるし、特に分類もしていない。そのため本が非常に探しにくい。手前の本をどけて、奥を探っていくと、すっかり忘れていた、稲垣足穂や『毛皮を着たヴィーナス』なんかが並んでおり、あ~~。と思う。

 目的のものはあった。古波蔵保好/著 『ステーキの焼加減』 新潮文庫で、昭和58年刊。これだこれだ。ちら読みしてみる。池波先生のとほんとに似ているのかどうかはわからないけれども(実はあまり似ていないかもしれない)、これも今読んでもおもしろそう。池波先生は、「万亀楼」、古波蔵さんは「千花」がお好みのようだ。料理屋さんについての記事もそれぞれにおもしろい。やはり「千花」は名店か。

 隣に、森枝卓士さんの、『世界お菓子紀行』も発見したので、抜き取る。ちょうど、新刊の『食べてはいけない!』を読もうと思っていたところなので、合わせてまた見てみるのもよさそうだ。

 この本は、タイトルからすると、著者を知らない人には週刊金曜日系の内容が想像されるけれど、さにあらず。世界の食のタブーをテーマにしたもの。この人は、民族学寄りに、食を鮮やかな写真と文章で見せてくれる第一人者なのだ。

 山奥のなんにも無い温泉に半月くらい一人で引きこもって、上げ膳据え膳、湯にも入って、読みたい本を読み放題・・・。やってみたいなそんなこと。

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2007年12月15日

押忍!!体育会折紙部

Photo 『多面体の折紙―正多面体・準正多面体およびその双対』 川村 みゆき/著 日本評論社 1999年

 図書のテーマ展示のレイアウト用に、ポスターや飾りを作った。せっかくこの企画にぴったりの、こんなおもしろい本も所蔵していることだし・・・と、人一倍不器用なわたしも一念発起。押忍!!

1_3  正6面体(立方体)と正8面体。2

 正12面体と正4面体。

 正しくは、正12面体になりそこねた12面体かな(笑)。

 正方形の紙から伏見式(という正五角形を折り出す方法が、折り紙界にはあるらしい)で正五角形を作図して、正5角形の紙を作る。その紙を使って二種類のユニットを作って、それを組む。

 正確な5角形を作ることがキモなんだろうなあ・・・。一つのユニットを折ることも難しいが、組むのはもっと難しい。最初は気楽に始めても、「ここの折り方の図、わけわからん・・・」ってことがしょっちゅうだと、だんだんいやになってくる。ああ、やめたい、投げ出してしまいたい~。でもそうなると逆に絶対にやめられないのだ。苦しいんだか楽しいんだか(笑)。妙にはまって、根を詰めてしまう多面体折紙。押忍!!

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『タルト・タタンの夢』

Photo_2 『タルト・タタンの夢』 近藤 史恵/著 創元社 2007年

 今すぐにビストロに行きたくなるような短編集。舞台はカウンター七席、テーブル五つの小さなお店、「ビストロ・パ・マル」。絶品の料理を作り出す三舟シェフが、お客さんにまつわる小さな事件、とも言えないくらいの「出来事」の謎を解く・・・。ミステリ?ということになっているのかなあ・・・。

 ちょっと思い出したのが、米澤穂信の『春期限定いちごタルト事件』。似たような雰囲気があるみたい。

 一気に読んでも2時間はかからない。気楽に読めて、おいしいもの好きなら想像力で楽しめる。食いしん坊におすすめ。最後のお話がわたしは一番好き。

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2007年12月14日

『きのう何食べた?』

3726482_2  『きのう何食べた?』 1 よしながふみ/著 講談社 2007年

 以前に紹介した『愛がなくても食ってゆけます。』を読んでもよくわかるけれど、この、よしながふみという人は食べることに「好き」以上の感情を持っている人なのだなあ・・と思う。すてき・・(笑)。

 このまんがの主役は、毎回、「筧先生が作る料理」で、見せ場は料理シーン。それも決して男の料理にありがちな派手なものではなくて、ごくごくありふれた日常食を、筧先生が淡々と作る。家計簿ばっちり、底値もばっちり、地道なのである。思わず道元禅師の『典座教訓』を思い出してしまうくらいにストイックとも言える(笑)。

 作品はそのままレシピブックにもなっていて、これはたぶんよしながふみの日常の、こなれたレシピなのだろう。ちょっと作ってみようかなと思えるごくふつうの「ごはん」がいっぱい。筧先生の段取りのよさは、ふだん料理をしている人にしか描けないものだ。

 しかしまあ、テーマにとっては何の必然性もないのに、この人物設定・・・。さすがよしながふみ、と、ある意味感心(笑)。

 少し作風の違う『大奥』を読んで、この作家はほんとにうまいと思った。この作品もまた、日常のさらっとした描き方がおもしろくて上手。1年ぶり、待望の『大奥』3巻も、いよいよこの20日に発売されるので、ますます楽しみだ。

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2007年11月26日

らん布袋/こわいこわい・・・

Ca03k7bc  三条会商店街にはちょくちょく出没している。近頃は全国的に商店街からかつての活気がなくなってしまっているようだが、そんな中でもここはかなり元気がよいように思う。人通りも多く、新しい店もちょこちょことできている。

 近頃コーヒーの飲みすぎで、そこはかとな~く胃が痛いのだけれど、今日は、その中の「らん布袋」(らんほてい)に寄り道。カナダ人茶人が開いたお店とか。ショーケースのケーキが気になっていたので、コーヒーといっしょに食べてみたのは、抹茶チョコレートケーキ。濃厚なニューヨークタイプのチーズケーキに抹茶の緑とたっぷり入った溶かしチョコレートのマーブル模様がきれい。チーズのこくに、抹茶のほろ苦さとチョコレートの甘さがなじんでおいしい。

 ほかのも食べてみたくなって、基本のニューヨークチーズケーキ抹茶ファッジケーキを買って帰った。ニューヨークチーズケーキは思ったとおりのおいしさ。抹茶ファッジケーキは、小ぶりでしっかりとした甘さがあり、抹茶の苦味や香りもはっきり前面に出ている。ファッジと言うよりも、濃い茶のクレマ・カタラーナといった食感だった。

 *らん布袋

  京都市中京区三条通大宮西入ル南側

  TEL 801-0790

41ldsxeftl__aa240_ 『怖いこわい京都、教えます』 入江敦彦/著 新潮社 2007年

わたしが一番おもしろいと思っている、いわゆる「京都本」の書き手は、グレゴリ青山さんであるが、入江敦彦さんの本もけっこう好きで、「京都本」についてはすべて読んでいる。確かに、うちの弟が指摘するように、文章にも内容についてもとかく「過剰」なところがあるのだけれど、どれもおもしろく読める。と言っても、この両者の場合、この地で生まれ育った人には・・・という限りにおいておもしろいだけなのかもしれず、観光客や、京都に憧れめいたものを持っておられる「京都好き」の方がおもしろいと感じるかはわからない。

 なぜ、「怖い京都」ではなく「怖いこわい」なのか。京都には、形容詞を二回繰り返して、「とても~である」ということを表す言葉の癖がある。たとえば、「今日は寒い寒い。」「難しい難しい問題」etc.。

 題名どおりこの本は、そんな京都の怖い場所や伝説や、そんな類の話を集めた本である。図書館で借りて半分読んでおもしろかったので、自分で買ってしまった。

 「京都人は霊や魔に立ち向かえるほど豪胆ではないが、霊や魔を無視できる強さを持っている」。と入江さんは書く。「京都人は」と、一般化してしまうところはまさに「過剰」ではあるものの、言わんとされていることはわかるし、正しいと思う。怪異にはまず近づかないことだ。怪異に出会っても無視すること。気にしないこと。「そんなこともあるわさ」とやり過ごすこと。これが一番の得策であり、唯一の対処法だとわたしも思っている。

 ガイドブックに載るような神社仏閣だけではなく、本当に地元の人しか、場所も名前も知らないような小さなお寺や神社や、神社とも言えないような小さな祠やはたまた塚は、市内に無数に存在している。中にはすっかり寂れてしまって、どことな~く胡乱な気配漂う場所も多々あるのだが、この本にはそんな場所がよく拾い集めてある。家の近所のあのお寺、もしくは、常々怪しいと思っていたあの場所・・・。読んで思わず、「ああ・・・・。あそこ・・・・・・。あそこなあ・・・・・・・・・。」と永遠に、「・・・・・・」を続けてしまうような場所が満載で、思わず買ってしまったというわけである。

 怖い京都と聞いて思い浮かぶ場所の一つに、貴船神社があるだろう。いまや、呪いのメッカになっているようだ。宮司さんが笑うに笑えぬエピソードを語っている。

 いまや夜の間に木々に打ちつけられた呪いの釘を回収するのが毎朝の日課になっているのだとか。昼の日中に、釘を打ち付けている女を見つけて、そういうことはよくないですよと注意すると「ここはそういう場所なんでしょ?」としれっと返されたとか。「わら人形は置いてないんですか?」と社務所に買いに来る人々がけっこういるとか・・・。

 生きていく上で理不尽なことはたくさんあって、腹が立ってくやしくて・・・ということはあるだろうし、そんなとき、意を決して相手をしばきに行ったり、モンテクリスト伯のように復讐計画を練るのも場合によっては、可、とも思えるけれど、呪いはなあ・・・。この世ならぬものの力を借りるのはとても恐ろしいことなのだ。人を呪わば穴二つ。

 どなた様も、呪詛の式神などはゆめゆめ打たれませぬよう・・・。

 怖いと言えば「願えばかなう」も怖い。「そもそも願望なるものは達成の規模に等しい代価を払わねばならない。どれほど努力を重ねても、その何分の一しか報われないのがこの世の倣い。なのに願っただけで叶っちゃったら、どれだけのお代が要求されるか想像するだに怖い怖い。」「願えば叶う」は〔呪い〕である。」、と入江さんは言う。「もし、そんなご利益を掲げる神社があるなら、それはきっと成就と引き換えに嘆願者へ課せられる不幸を目的としているに違いない。」

 でもそんな「願えば叶う」伝説を持つ場所がある、らしい。「願えば叶う」霊験は非常にあらたか。でも願いは一番皮肉な形で叶えられるのだとか。たとえば、借金の返済に困った男が祈れば、最愛の妻を亡くして保険金が手に入る。ダイエットの成功を願えば、拒食症になって、骨と皮ばかりにやせ細る・・・etc.

 怖い怖い!しかし、言い古された言説だけれども、そういう人の心が一番怖い、というのは真理だろう。

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2007年11月 1日

秘密の贈り物

Photo 10月27日から11月9日までは、「読書週間」です。いまいちその意味がわからないけど、ともかくそういうプロモーション期間です(笑)。

 たぶん利用者の方から、舞妓焼の差し入れあり。「たぶん」と言うのは、贈り主が誰かわからないから。何でも、職場の向かいの舞妓焼のお店のご主人が、3時前に舞妓焼を持って来られたらしい。主人の話によると、おじいさんが一人、店に来られて、3時くらいにな