2008年6月27日

めくるめくロココの。

01b3  「ルーブル美術館展 フランス宮廷の美

 神戸市立博物館で、またルーブル美術館展があると聞いたときはなんとまた漠然とした・・と思ったのだが、今回のテーマは、18世紀の宮廷、ということで、これは食指の動かぬはずはない。

 かわいらしいポンパドゥール夫人、セーヴル磁器のポンパドゥール・ピンク、うねるカルトゥーシュ、貝殻模様に、少女まんがのごとく散らばる花(笑)に、ドレス、とんでもない髪型・・・。

 展覧会のフランス語での題は、Musée du Louvre,Fastes de la cour de France au XVIII e siècle で、この中のfasteという単語には、「豪奢」とか「豪華絢爛」という意味の他に、「見せびらかし」という意味もある・・・というところに日本語のタイトルの「宮廷の」だけでは表せないような、装飾に命をかけた、ロココの本質のようなものがちらりと垣間見えるような気がする。

 テーマは大きくわけて二つ。ルイ18世の時代のロカイユ様式(ロココ)と、その反動から起こった、ルイ16世の時代の新古典主義である。女性で言えば、ポンパドゥール夫人とマリー・アントワネット。今回、ブーシェの絵画や、貴族の肖像画なども来ているけれど、家具や調度、食器などの工芸品が中心。ポンパドゥール夫人やマリー・アントワネットの愛用品なども多数展示されている。

 もちろん家具も、時計も、かぎ煙草入れも、その繊細で精緻な細工には目を見張るものがあるが、今回わたしが特に目を引かれたのは、ポタオイユやテリーヌ入れなどの、食卓を飾る銀器だった。

 マリー・アントワネットの時代=ロココと誤解されがちだが、時代が少し違って、その頃は、新古典主義の装飾が主になっていた。日本人のわたしたちからすると、ロココも新古典主義も、十分、こってりしているので(笑)、同じようなものなのだが、二つの様式を連続して比較してみると、その違いが明らかに感じられるのがおもしろい。

 また、「モードの風刺画」と題された、貴婦人のかさ高い髪形を従者が支え棒で支えている、といったような一連のエッチングには、浮世絵のような諧謔があっておもしろかった。

 ロココ・・・。ええ、ええ、嫌いじゃありませんとも(笑)。

 もしあなたが、お姫様age嬢、そうでなくてもゴスロリであるなら、この展覧会は押さえておきましょう。会期迫る!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年4月12日

怖いでしょう?

04kawa15_3 河鍋 暁斎 『幽霊図』 

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2008年4月11日

河鍋暁斎

025  京都国立博物館で8日から始まった、特別展覧会 没後120年記念『絵画の冒険者 暁斎 Kyosai―近代へ架ける橋―』を、さっそく初日に見に行ってきた。京都国際マンガミュージアムでも暁斎展をやっているので、今かなり注目されているのかもしれない。京博でも、若冲→蕭白→暁斎の流れで展覧会を開催しているようだ。

 確かに。浮世絵の展覧会に行くと必ず3、4点は出ていた暁斎の作品。どれも独特の筆致に不思議と目がひきつけられた。

 暁斎はおもしろい。彼の手にかかると、髑髏は舞い、鬼は逃げ惑い、雷神は太鼓を海に落としてしまって、風神に非難の視線を投げかけられるかと思えば、キリスト、釈迦、老子、孔子は皆打ち揃って合奏だ。

 中でもおもしろかったのが、「閻魔大王浄波璃鏡図」。浄波璃鏡(じょうはりのかがみ)というのは、閻魔庁での裁判で、死人を映せばその生前の罪が映し出されるという鏡。

 この絵の中で、鏡の前に座るのは一人の涼しげな美人。しかし彼女の罪が映し出されているはずの鏡面には、ただただその美人の姿がそのまま映っているばかり。それを閻魔大王と鬼が覗き込んで、非常に困惑した表情を浮かべている。絵の解説文(最近の展覧会は、これが断然おもしろくなっているのだ)によると、閻魔大王は「ショックを受けている」(笑)。暁斎は穢れなき女性を表しているのか、女の強かさを表しているのか・・・。

 暁斎は絵がうまい。狩野派でしっかりと絵を学んだらしい。強弱のある流れるような衣文の線や、細い毛の表現、対象物をとらえる難しい角度、細密かつ正確な画中画・・・。素人にもすごいテクニックだなあと思わせる。一枚の絵に、狩野派、四条派、浮世絵などの技巧がすべて盛り込まれている、という絵があったが、残念ながら知識不足で、わたしにはどれがどれともわからなかったのが残念。

 暁斎は怖い。あの幽霊画の怖さと言ったら・・・bearing。絵がうまいと幽霊画はものすごく怖くなる。あれを行灯の光で見たら、怖がりの人ならもうだめだ。昔、曼殊院にあった、祟ると評判の幽霊画よりも怖いくらいだ。ここで大画面でお見せできないのは残念!

 暁斎は大迫力。「巨大画面への挑戦」と題された、大きな作品ばかりを集めた部屋があった。画面の大きさをものともせず、力強い筆致で描かれた作品にはただただ圧倒される。すごいのはずっと近寄って、細部をじっと見ても、少しの乱れもないことだ。特に「龍頭観音図」などはそう。

 「少女たつへの鎮魂歌(レクイエム)と題された部屋があった。たつ(田鶴)というのは暁斎のパトロンであった勝田家の一人娘で、14歳の若さで亡くなったらしい。その娘の一周忌に合わせて、勝田家から依頼を受けて制作されたのが、「地獄極楽めぐり図」。若くして亡くなったたつが、菩薩に連れられて、冥界を巡り、極楽に至る様子を連作ストーリーのように仕上げた作品。その中でたつは、賽の河原で子どもたちにおもちゃを配ったり、宿場で、観音様風の衣裳を着てお仕度をさせてもらったりと何やらとても楽しげ。

 娘が亡くなってからもあの世で楽しそうにしている・・・。そんな絵を見て、たつの両親はどんなに慰められただろう。またこんな絵を描いた暁斎、そして絵を依頼した両親の、娘への深い愛情を感じて、ちょっと涙ぐんでしまった。不思議なことに、これを書いている今も泣いている。愛する者が、遠く離れたところでも辛い思いをすることなく、幸せでいると思えることは、大きな安心と癒しなのだ。

 もう一作品。「ひな祭り図」。こちらも、たつが亡くなったあとも、天女や菩薩といっしょに楽しく雛人形を飾りつけて遊んでいる、という絵。同じ理由で、これを書いている今も、思い出して涙が止まらなくなる作品。若くして亡くなった女の子、たつちゃんとは何のつながりもないはずのにこれは大層不思議なことだ。 

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2008年4月 8日

ふりゆくものは

019 017  公休日。曇ってはいるけれど、雨が降る気配はなさそう。朝一番に、渉成園を散策。ここは東本願寺の飛地で、枳殻邸、とも言われている。庭園は、石川丈山の作。もともとは、左大臣源融の広大な河原院の一部だということだ。

 大きな池のある庭園にはそこここに茶室が点在し、四季折々の花や植物がある。季節ごとに違った表情を見せてくれる庭なのだろう。枳殻邸の名にちなんで、カラタチの花の咲く頃に行ってみたいものだ。まだカラタチの木は、小さな新芽が出始めたところ。この庭は、青蓮院の庭と同じく、夏が美しそうな感じがした。

 京都駅からほど近い街中にありながら、人も少なく、静かに散策を楽しめる場所。わたしも自転車に乗れば10分ほどのところに住んでいながら、行くのは初めて。灯台元暗し、かな。

 昨日の花散らしの雨で、桜はほとんど散ってしまってはいたものの、名残の桜は楽しめる。風が吹くと花吹雪が舞って、それはそれは美しい。007

 花さそふ 嵐の庭の雪ならで ふりゆくものは我が身なりけり

 ざっと吹く風が、花を雪のように庭に降らすけれど、ふりゆくのはそんな花の雪ではなくて、わたし自身なのだなあ・・・。

 雪が降りゆく、と、我が身が老りゆく、の掛詞。散る花びらを雪に見立てた心。いい歌だと思う。花吹雪舞う庭に立って、花の散る様を眺めながら自分自身を省みる。花の最期と遠くない将来訪れる自らの最期を重ね合わせて見ている。ある程度のの年にならないと味わえない歌だろう。わたしも百人一首を覚えた頃には、ただお年寄りの歌だと思っていた。今はしみじみ・・・。

 花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

 降り止まぬ長雨に、花の色はすっかりあせてしまった。ぼんやりと物思いをしている間にわたしもむなしく老け込んでしまった。

 「花の色」に実際の花と、自分の美しさと二つの意味を持たせて、降る長雨(ながめ)と、ながめ(ぼんやりと物思いに沈むこと)して老る、を掛ける。複雑構造。でも、和歌には掛詞などの修辞がとても多いけれど、日本人だからそれを味わうのは、ヨーロッパの文学を読んで、聖書の引用に気付くよりもずっと容易だろう。

 これは昔も今も、不思議と共感がわかない歌。それはたぶん、わたしがもともと、容色の衰えを嘆くほどの美人ではないから(笑)。ただ、うすらぼんやりしている間に、わが身世にふる、という実感はある。

 人は散る桜に、人生を見るのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月27日

Livin' Lovin'

 ケータイメールの着信音を変えたいと思って、あらかじめ中に入っている音を適当に選んでセットしておいたら、たまたまその音がヴァン・ヘイレンのジャンプの出だしのシンセの音に酷似していて、メールが来るたびにむやみに驚く。この曲なあ・・・。嫌いでもないけれど、妙にアメリカっぽい明るさがちょっと・・・。ヴァン・ヘイレンそのものがそうか・・。でも久しぶりにジャンプ聞いてしまった(笑)。002_2

  今日も晴れたりしぐれたり、真冬の天気。寒い夜にはオニオングラタンスープ。バゲットがなかったので上に乗せたのは薄く切った食パン。今日もお茶を濁してるなあ(笑)。上のチーズは先日買った、グリュイエール・ダルパージュ。

 でもわたしは超猫舌(Langue de chat とは言わないよね・笑?)なので熱いうちには食べられないのだ(;;)。

Photo_2  午前中、祖母のところに行ってから、京都国立博物館の「憧れのヨーロッパ陶磁―マイセン・セーヴル・ミントンとの出会い―」を見に行く。修好通商条約締結150周年の特別展覧会、ということだ。

 ヨーロッパで日本の文物がもてはやされていたのと同じ頃、日本では同じように、西洋の文物が憧れを持って見られていた。異国の見慣れぬ風物に対する憧れはいずこの世界でも同じらしい。

 陶磁器に関してはアジアの中でも後発の日本でさえ、17世紀には磁器が製造されていたにもかかわらず、かの地では長く磁器が作れなかったというのはやはり不思議な話ではある。05_003_m

 色絵勿忘草飾合子(砂糖入れ)

 19世紀後半のマイセン。京都国立博物館にドイツの磁器をたくさん寄贈してくれたフリッツ・ホッホベルク伯爵という人のコレクションの一つ。

 この伯爵は旅行での短い滞在であったにかかわらず京都がとても気に入って、自国の美術品を日本に寄贈しようと思ったときに、東京ではなく、京都の帝室博物館を選んだらしい。

 博物館が独立行政法人となって、展示の企画そのものもおもしろいものが増えたし、キャッチコピーの付け方など、宣伝も上手になって、各展示物に付けてある説明書きもなかなかおもしろいもの(変なもの?)が増えて、読んでいると妙におもしろいことがある。

 たとえばこの伯爵は、船便で送った品の一部が破損していたと聞かされ、もう一度送ってくれたりする。そういうことが書かれた説明書きの最後は「親切な人である。」と締めくくられている。また、寄贈は博物館側からねだったらしい、との説明が書かれた説明書きの最後は「非常に親切な人である。」対をなしているのだろうか(笑)。これだけのことなのだが、妙におかしかった。

 その他、目をひいたものは、イギリスで景徳鎮の図柄を模倣して作られた、ウイロウ・パターンのお皿など。好きなものであるので、久しぶりに名前を聞き、実物を見たのがうれしかった。

 さあ、京博は、4月の河鍋暁斎だ。わたしとしては今年上半期の一番の期待。

 展覧会を見終わって、トラットリア・セッテでコーヒーを飲む。内装はすっかり変わってしまったが、ここは以前、パークホテルの、エリゼという喫茶室だった。

 まだ学校に通っていた時分、幸い学校から呼び出されたことはいくら何でもなかったはずと記憶しているが、学校の行事や何かで母が学校に来たときは帰りによくここでいっしょにお茶を飲んだものだった。折りしも時刻はちょうど下校時間で、広い窓から見えるバス停には制服を着た女の子たちが群がっている。そんな風景を眺めていると不覚にも涙がこぼれた。怪しい・・・。怪しすぎるしイタすぎる・・。一人でケーキを食べながら泣く女(笑)!!

 Livin'  Lovin'  I'm on the run, so faraway from you...

 亡くなって17年。生きて、愛して、あなたから遠く離れた場所で、わたしは今も走っている。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年1月24日

いにしへのこひのうた(3)

 日曜日に友だちといっしょにごはんを食べていて、香水の話題が出た。きっかけは、新たに入店してわたしたちのテーブルのそばを通った女性の香水がなかなか厳しかったこと。わたしも「香り」は好きなので、自分もつけるけれど、確かに食事の場や、密閉された乗り物の中での度を越した香りというのは辛いものがあるので、少なくとも、自分が「臭く」ないようには注意しておく。でないと自分の香水で気分が悪くなっちゃう(笑)。

 友だちは鼻がとても敏感で、子どもの頃はマンションの5階にある自宅の、今日の晩御飯は何かを下から言い当てることができたのだそう。わたしも鼻は敏感で、玄関を開ける前から晩御飯が何かがわかったけれど、彼女には及ばない。nez(ネ・鼻)と呼ばれる調香師か、例えは悪いが、パトリック・ジュースキントの小説の主人公並みのすばらしい鼻の持ち主だ。

 別の一人は、雑踏の中で、前に好きだった人と同じ香りを鼻が拾って、思わず辺りを見回したことがあると言う。これはわたしも経験があることで、音や色彩と同じくらい匂いもあふれかえっているはずの人混みの中で、鼻はなぜか一つの匂いを拾い上げ、神経系からのフィードバックであるかのような素早さで反応し、その主を探す。ふと我に帰って、これは面妖なこと・・と歎息する。時には甘やかな気持ちに満たされる。匂いの記憶は、易々と意識の底からわきあがってくるものらしい。古の人も、そんな経験を歌に詠んだ。

   さつき待つ 花橘の 香をかげば むかしの人の 袖の香ぞする

 さつきまつ はなたちばなの かおかげば むかしのひとの そでのかぞする。古今和歌集の巻第三、恋歌ではなくて、夏歌に収録されている、よみ人しらずの歌。

 五月を待って咲く橘の花の香りをかぐと、昔なじんだ人の袖の香りがする・・・という意。もちろん「昔の人」というのは、文字通りの意味ではなくて、昔の恋人のこと。今風に言うなら、元カレ(笑)?この時代の人々は、着物に香をたきしめており、それぞれ自分の香りというものを持っていた。橘の花の香り、と言っても、正確にはわたしにはわからなくて、ネロリ(オレンジの花)とかそんな香りを想像してしまうけれども、ともかくこの歌の読み手の想う人は、柑橘の花のような香を愛用していた。

 たぶん、もう何年も忘れていたことだったのかもしれない。今は別の香りをまとった、新しい恋人がいるのかもしれない。でもふとした拍子にかいだ橘の花の香りに、あの頃のことが親しく想い起こされた・・・。この人は数分の後には「今」に帰っていくのだろうけれど、そんな一瞬を大切なものと思って、切り取り、あるいはすくい取って、こうして歌に書き留めたのだ。

 初めてこの歌を知ったのは、高校のときの古文の授業だった。それ以来、折に触れて思い出し、味わう、好きな歌の一つだ。

 五月つながりで、もう一首。同じく、古今和歌集巻十一、恋歌の一に収められている、よみ人しらず、題しらず、の歌。

 時鳥 鳴くや五月の 菖蒲草 あやめも知らぬ 恋もするかな

 ほととぎす なくやさつきの あやめぐさ あやめもしらぬ こいもするかな。

 「あやめ」というのは「文目」で、ものの道理、筋道のこと。恋というのはいつも不条理なもので・・・。上の句は「あやめ」にかける言葉遊びのようなものだけれども、うまいなあ・・・。この詠み手は、あるとき、「あやめも知らぬ」恋をしている自分にふと気がついたのだろうか。あるいは、「あやめも知らぬ」恋をしている自分をちょっと楽しんでいるのかもしれない。いずれにせよ、自分を見るもう一つの目、つまり客観性のようなものを感じさせる歌。

 自分のことを考えるに、常に自分を見つめるもう一人の自分がいることを感じることはよくあること。以前にちょっと書いた、「いつ見きとてか恋しかるらん」「恋ぞ積もりて淵となりぬる」みたいに、いつの間にこんなことに・・?とか、なんでこんなことになっちゃってるんだろう??と我に帰る瞬間はどんな場合にも付き物で、考えなしのくせにある意味醒めている。というよりも、あるときはっと気がついて、困ったことになったなあ・・・と途方に暮れたり。

 「あやめも知らぬ恋」。言葉の響きが美しい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年1月15日

「永遠のベルサイユのばら展」

 同じく、日曜日のこと。会場で浮世絵に魅入っていると、わたしの名を呼ぶ人あり。けげんに思いつつ振り返るとそこにはなんとTさん!そう言えば、お休み重なってたんでしたねぇ!Tさんは、わたしと会うような気がしていたとおっしゃる。なるほど、わたしもTさんと同じく、浮世絵とベルばら展をはしごするつもりだったのだ。会期と自分の休日を考えると、確かに13日しか日程的には有り得ない(笑)。

 それで途中からご一緒することに。浮世絵を見終わったのは正午過ぎ。会場はかなりの人出となっていた。お昼をどこで食べるかはさすがTさん、リサーチ済み。何も考えてなかったわたしは大喜びで付いて行く。001

 博物館近くの、セントラルというお店。パンブッフェのある、ベーカリーレストランのようだ。メインがいろいろ選べて(とても選択肢が多い)、飲み物と、スープ、サラダ、デザートの内から一つと、パンブッフェかライスか選んで、1500円。

 もちろんパンと、スープ(クラムチャウダー)に、メインは牛肉の赤ワイン煮込みを選んで、コーヒーでしめ。牛肉はとろけるほど柔らかくて、ソースもおいしく、期待した以上の本格的な味だった。パンは、バゲットやオレンジピールや、クランベリーや,小さなパンがこまごまと並んでいた。

 006 食後は大丸に移動して、「永遠のベルサイユのばら展」を見る。

 入り口には、おおっ!と人目を引く派手な看板。

003  おまけになんと、記念撮影コーナーまで!床には薔薇の花びらが散らしてあるという周到さ(笑)。記念撮影をしたのは言うまでもない(笑)。

 展覧会は、ストーリーを追った、多数の原画で構成されており、それぞれに名場面ばかりなので、ついつい読み込んでしまう。

 「今日のベルサイユはたいへんな人出ですこと」・・・・・「ほ~っほっほほ・・」。勝ち誇るデュ・バリー夫人。登場人物がね、皆いいのだ。アンドレは素晴らしく侠気(おとこぎ)があるし、思い返せば、脇役の男たちもねぇ・・・。これはひょっとすると侠気(おとこぎ)の物語なのか?? 

 さすがに週刊マーガレット連載時は知らないが、どういうきっかけで、読んだのだろう。かなり、はまっていた。やはりこれは名作だなあ。これを書き上げたのは、池田理代子、20代半ばであったというから驚きである。

 ベルばら通のTさんによると、池田理代子は、連載が始まってから、美大生に絵を習ったのだそうで、そのせいで、連載当初の絵柄が途中で劇的に変わるのだとか。

 以前、まんがミュージアムの研修に行ったときに、まんがの「一次資料」は原画ではなく、最初に発表された雑誌であると聞いたが、それではこの「原画」というのはどういう位置付けになるのだろうか。「0次資料」・・・といったものがあるのかどうか。

 オスカルが女装(?)してフェルゼンと踊ったときに着ていた、オダリスク風のドレスが再現されており、それが一つの目玉となっていた。身長178センチサイズのドレスはほんとに美しい。こんなのが似合う人は日本人ではまずないだろうねぇ。

 十分に堪能(笑)。やはりこの展覧会は、一人ではなく、できれば同世代の同性の友人と見るのがベストであると思われる。ベルばらを知らない若い人たちは、年上の友人と見に行って、彼女の語りを聞くのもまた一興。

 そのあとはTさんといろいろお店を見て回ったりして、女子なデート。最後はミント神戸のバタクランにてお茶。歩き回ってのどがかわいたので、スイートなアイスマロンショコラを飲んだ。

 とても楽しかったです。ありがとう、ベルばら通Tさん!

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2008年1月14日

「初公開 ヴィクトリア アンド アルバート美術館所蔵 浮世絵名品展」 2

Va_8  葛飾北斎 「富嶽三十六景 山下白雨」

 富士山の山頂付近は快晴。中腹はにわか雨を降らす雲。麓には暗雲が立ち込め、不穏な稲妻。まったく異なったものを一つの画面にぎゅっと縮小。スケールを考えると、おかしなことは何もないのだが、マグリットの「光の帝国」が想起され、ふと考えてしまうのは不思議なことだ。

 冨嶽三十六景では、「神奈川沖波裏」などが出ていた。Va_9

 歌川国貞 「二見浦曙の図」

 昇ってくる朝日の曙光が意表をつく。これは一点透視?消失点が水平線から昇る太陽になっているのだ。

Va_10

 渓斎英泉 「江戸両国橋ヨリ立川ヲ見る図」

 画面を額縁のようにぐるっと取り巻く文字が不思議。キリル文字かと思ったら「元」という漢字もあり。出展されていたのはこの作品一つだったけれど、英泉のこのシリーズはすべてこのような「文字の額縁」がついているようだ。とても変わった印象。

 他には、魚屋北渓「鬼若丸の鯉退治」のこってりした銀彩がおもしろかった。

 V&Aは、団扇絵のコレクションに特長があるそうだ。団扇絵は実用的なものなので、保存されているものは数少ないのだとか。浮世絵師だけではなく、酒井抱一や鈴木其一の描いた団扇絵も展示されていた。歌川広重 「青楼花見略図」(People of Yoshiwara Enjoyng the Cherry Blossom)が気に入った。吉原の人々の花見行列で、たくさんの遊女に幇間が細かく描かれている。英語の題名もなんとなく楽しげでよい。また、豪華な狂歌絵本や肉筆画も。葛飾北斎「肉筆帖」に注目。4月に京都国立博物館で催される、河鍋暁斎の作品もいくつかあった。Va

 歌川貞秀 新板早替両面化物(かつしかの七ツ坊主ほか)

 これは完成品ではなくて、版下絵。V&Aのコレクションは、完成品だけではなく、このように、浮世絵の製作過程がよくわかるようなコレクションが充実しているのだそうだ。化物のそれぞれ前と後が描かれた絵を切り抜いて、真ん中に竹ひごなどの細い棒を挟んで、糊で張り合わせて、ちょうどペープサートの絵人形みたいに作って遊ぶおもちゃ。こんなおもしろいものは好き。こんなのミュージアムショップに売ってたら絶対買ってたし(笑)。

 昨年大阪で見た、ギメ東洋美術館蔵の浮世絵コレクションもそうだったが、19世紀のヨーロッパ人の、浮世絵を含む「ジャポニスム」への熱狂ぶりがひしと感じられる展覧会だった。 

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2008年1月13日

「初公開 ヴィクトリア アンド アルバート美術館所蔵 浮世絵名品展」 1

Va_2  浮世絵というものを知ったのは、もしかしたらその昔、永谷園のお茶漬けのパックに入っていたカードでだったかもしれない。東海道五十三次とかのシリーズがあって、ちょっと集めていたような気がする(笑)。近年また、展覧会があるたびに足を運び、見るようになった浮世絵。繰り返しいろいろな作品(作家もジャンルも多いので)を見ると、だんだんと自分の好みなどもわかってくるようでおもしろい。

 今日は神戸市立博物館まで、 「初公開 ヴィクトリア アンド アルバート美術館所蔵 浮世絵名品展」を見に行った。Va_7  

  無款(歌川豊春) 浮絵紅毛(オランダ)フランスカノ伽藍の図

 ローマの景観図。と言っても実際に作者が見たわけではなくて、18世紀中期のヨーロッパ製銅板眼鏡絵を忠実に写したものらしい。

Images_2

 鈴木春信 「座敷八景 手拭掛の帰帆」

 数ある女性の絵のなかでも、春信の描く女の人が一番好きかもしれないと。線が細くてやさしげで、とても優美。

 この絵は、「瀟湘八景」の見立てで、元の題材は「遠浦帰帆」。画面左下の手拭掛けに干された手拭がちょうど船の帆になっていて、特に目立ちはしないけど、気付けばくすっと笑えるおもしろさがある。「見立て」は楽しい。

 作品の解説が日本語なのによくわからないということはけっこうあるもので、そんなときは併記してある英語の説明を読むとかえって明快でよくわかることがある。ときには、こんな言葉になるのか、とおもしろく思うときも。例えば「東海道」が Tokaido Highway になっていたのが笑えた。ハイウェイって・・・。車がびゅんびゅん走ってるみたい(笑)。吉原の遊女は courtesan というらしい。クルティザンヌ、高級娼婦。「椿姫」とかもっと古くはデュ・バリー夫人とか?すごい洋風なイメージが頭に浮かぶけれど、吉原の花魁も、そう言えばそうかな。高い教養と美、そして厳しく客を選ぶ。後で辞書を調べたらフランス語(courtisane)と綴りが少し違って、コートザン(?)とたぶん発音されるようだ。しかしどういうわけか「芸者」は Geisha 。なんで?Va_5

 菊川英山 「風流琴碁書画 画 岡本屋内重岡」

 岡本屋という店の、重岡というクルティザンヌの絵。身に付けた諸芸の中でもこの人は絵が得意だったのだろう。扇面に思案顔で、福禄寿の絵を描いている。Img019_3  

 鳥居清峰 「遊君六歌撰 深川裏櫓 鶴屋内大淀」

 このクルティザンヌは深川は鶴屋という店の大淀という名前。これは美しい作品だった。横大判の錦絵が、二つに折って、本のように保存してあることもあって、衣裳の色合い、模様の細かさなど、現代の漫画家のカラーイラスト集を見るような感じもあった。Img020_3

 歌川広重 「貝細工(鶴、兎ほか)」

 細かく精密に書き込まれたものが好きな傾向がわたしには大いにあるようで、浮世絵の中に書き込まれたちいさな人も大好き。何をしているか何を食べているかを見るのはもちろん、表情を見、セリフを考え、そんなことをして遊んでいると一枚を見るのに時間がかかって仕方がない(笑)。

 この絵は、それぞれの貝細工の絵の横に、題材と材料になっっている貝の名前が細かく書いてある。でも字が読めないのはいかにも残念だ。絵の細部がとても緻密。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月24日

「狩野永徳」

001_5 狩野永徳は、豊臣秀吉や、諸大名の制作依頼が多すぎて、過労死したらしい。館内に表示してあったこの説明を読んだ人は口々に驚いていた。わたしも、「狩野永徳って・・・」。小豆「過労死?」。「そ~そ~」。いつの時代も厳しいようだ。

 京都国立博物館で開催されている、「狩野永徳」展 。新発見の作品も多く、また場所は京都のみ、会期も一ヶ月だけということで、ひどい混雑が予想されたが、行ったのがどしゃぶりの雨の金曜日の午後だったので、人も少なく、ゆっくり、じっくり、鑑賞することができた。美しい写真と詳しい解説は、好日さんのところでどうぞ。Photo Photo_2

 洛中洛外図屏風

 織田信長が、上杉謙信に贈ったものとされているが、もともとは室町幕府13代将軍足利義輝が、謙信に贈るために永徳に描かせたものが、完成までに将軍が亡くなったために、信長の手に入り、そこから謙信に贈られたものであるということが、最近の研究でわかったらしい。

 約2500人(会場には正確な人数が書いてあったが、人力で数えたのだろうか)の人物が登場する大変細かい絵。金がこってりした印象。今日の街のさんざめきや、匂いまで伝わってきそうな楽しい絵だ。

 わたしはこういう細かい絵が大好きなので、店の中を見たり、食べ物を見たり、人々の顔を見たり、アフレコやってみたり、端から端まで飽かず眺める。市井の賑わいや、楽しげな人々の様子は、いつもわたしの心を和ませる。昔々の京都に住んでいた人々の心と時空を越えてシンクロするようだ。これを贈られた上杉謙信も、飽かずに繰り返し繰り返し楽しく眺めたんじゃないかと思う。

 短い解説のビデオが上映されていた。それによると、永徳は、「あらまほしき」都の賑わいを描いたのだという。「あらまほしき」とは、「こうあってほしい」ということだ。このころの京は、まだまだ応仁の乱の爪あとが生々しく残っていたのだろうか。そんな街を見て、希望を込めて永徳は街の絵を描いた・・・。ちょっと切なくなった。Photo_3

 「唐獅子図屏風

 永徳と言えばこれ?

 思っていたよりも、ずっと大きな作品で、その迫力にびっくり。しゃがんで、座った目線で見てみると、さらに迫力があって、唐獅子に圧倒される。権力者の後ろにこの屏風があって、頭を上げたときにこの唐獅子が目に飛び込んで来たら・・・。これはすごい心理効果だろう。

 去年の秋に、大徳寺・聚光院で見た襖絵は、この春より京都国立博物館の寄託となって、この展覧会にももちろん展示してある。

 過労死するまでたくさん作品を作ったのに、その多くが障壁画だったため、戦火で焼けてしまったという。何もかもを一瞬にして灰燼に帰す戦火の恐ろしさよ。

 ちょっと無理してでも見た方がいいかも。狩野永徳。

001_4

 なんともかわいらしい丸い器。002_2

 中身はこれ。クレーム・アングレーズ・オランジュ。リドルのオレンジのクリームの復刻版だ。クリームが少し濃厚に、固めになっているかな。YUKEI SALON DE THÉ にて。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007年10月14日

「神坂雪佳-京琳派ルネサンス-」

001  私立の美術館ではめずらしく、細見美術館は何度も足を運ぶ美術館となった。所蔵作品も、展覧会のテーマもきっとわたしの好みなのだ。

 神坂雪佳との出会いは、「金魚玉図」で、この絵の可愛らしさと細部にわたる楽しませ方(だまし絵のように、表装によし簾のもようが入っているところとか)に強くひかれたのだった。

 ぜいたくにも、誰もいない展示室で雪佳を独り占めにして、雪佳のどんなところが好きなのだろうと、ちょっと考えてみた。

 菊の花や葉を描くときの丸みをおびた線が好き。たとえば「十二ヶ月草花図」のなかの「籠に菊」。また、「四季草花図」に描かれたタチアオイの丸い線。

 十分にモダンを感じさせつつも温かみのある意匠。「衣かえ」というきものの図案集の美しいこと・・・。Images_2

 「百々世草」の中の、この「八つ橋」という作品が、2001年春の、『ル・モンド・エルメス』の表紙を飾ったのはつとに有名な話・・・。今回はこの原画が出ていた。原画はやはり木版画とは趣が違うものだ。質感や色、か。

 今回は出ていなかったけれど、百々草の中ではわたしはこれが好き。

Dbimage

  「朝顔

 やはりすごいと思う、琳派の系譜。その魅力をわたしは長い間、知らないでいた。

 わたしは人よりも二十年遅れの人生を送っているのだと思う。この年にしてまだまだ新しいことを知る楽しみが多く残されているのはうれしいけれど・・・。老化も二十年遅れならいいけどね(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年10月13日

北欧モダン

 今日は大規模な、交通社会実験をしているらしく、街中は大規模な交通規制。繁華街のいたるところに自転車置き場が仮設されて、しかも無料になっている。チャリダーのわたしには、これはありがたい。

 ほんとに久しぶりにブションに行ってランチを食べる。ステックフリットグリーンサラダパンクレーム・カラメル。甘苦いキャラメルソースがたっぷりかかっているので、添えてあるヴァニラアイスといっしょに食べればキャラメルアイス!お菓子の味で何が好き?と聞かれれば、すごく悩むけど、それはキャラメルかも。あとはチョコレートと柑橘の組み合わせ。 Iさんは元気にてきぱきと働いておられた。ギャルソン姿もびしっと決まってる。

 てくてく歩いて美術展を二つ見る。002

 「北欧モダン デザイン&クラフト」。わたしの貧相な知識の中での北欧デザインと言えば、「椅子」。そして「キッチンウエア」であったが、あながちそれは間違いではなかったようで、椅子とキッチンウエアの展示が多かった。

 椅子はすっきりとして洗練されており、しかも座り心地もよさそう。でも北欧の大きな人のサイズで作られているのだろう、ちょっと自分には大きすぎるな、と感じるものばかり(笑)。テーブルウエアにはどういうわけか、日本の土瓶のようなティーポットが多くて不思議だった。

 知らなかったのだけれど、テトラパックはスウェーデン生まれなのだそうだ。今はほとんど見かけなくなったけれど、昔牛乳などが入っていた三角パック。同じ形の三角形が4枚あったらできる形の。なんと言う名前の形だったか・・・。同じく四角いブリックパックもスウェーデン生まれ。

 レゴブロックもムーミンも、北欧製だよ(^^)。

007

 先日、トラモントで食べた「フランシスコ会のパスタ」がおいしかったので、夕ごはんに作ってみる。オイルベースに、にんにく、唐辛子、ローズマリー、パスタはペンネ、具はさいの目に切ったじゃがいも、仕上げはおろしたパルミジャーノ。アーリオオーリオの作り方すらも心もとないので、助言をいただき作ったところ、まずまずお店で食べた味に近くできたかな?おいしかったし。それにしてもペンネのゆで加減は難しいなあ・・・。003

 ドゥー ヴェール ヴィンヤード エレメンタルセラーズ メロン 2003

 ワイングロッサリーの夏のセールで、「ほんとにメロンの香りがしますよ~」と言われて買ったアメリカのワイン。パスタを作っている間に氷で冷やしておく。作りながらも一杯。

 お~。ほんとにメロンの香りがする!わたしは瓜好き。瓜系の香りには目がないのだ。そういう品種というけれど、ぶどうに瓜の香りがするのは不思議だ。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2007年9月26日

いにしへのこひのうた(2)

 今日も月が美しい。いざよひの月かな。

 今日から3日連続で、朝から夕方まで、講義と専門の事例研究(発表・講評・研究討議・質疑応答)、各種研修など。

 紛糾する会合は時折あるけれど、レファレンスの事例研究は、そんなのではなしに自然に盛り上がるのがいい。質疑応答も盛ん。午前中の講義では、基礎的ながらなかなかにおもしろい話を聞く。レファレンスも日進月歩なので、常に新しい動向に目を光らせていないと、あっという間に浦島太郎だ。

 ある意味技術系職場だからあり得ることかも、とは思うけれど、その昔、レファレンスは記録も取らず、後輩にやり方を教えもせず、「ここまで上がって来い」なんて、スポ根みたいなことをしていた人もあった、というか、そういう時代もあったらしい。今では、きちんと記録を残すのは当たり前、そしてそれを一館だけのものとはせず、データベース化して全国的に皆で共有しようとまでしている今からすれば、そんな「スポ根」があったなんて、にわかには信じられない(笑)。

 レファレンスインタビュー以前に心がけることとして、「まずは自分を疑う」「早合点、知ったかぶりは間違いのもと。時には利用者に教えていただく気持ちで」というのがあった。レファレンスというのは、その主題のプロ(利用者)と資料を探すプロ(司書)との協力であり、コラボであるということだ。

 今日はほかに、当職場の元締めの総ボスのお話もあった。総ボスの本業は、万葉学者なので、万葉集の話が聞けたらいいなと思ったけれど、それはやはりなくて、短い図書館の話だった。

 わたしにとって万葉集と言えば、犬養孝先生だ。中学の何年の頃だったか忘れたが、国語の時間の教材として、犬養先生の講義の録音をシリーズで聞かせてもらった。あの朗々とした歌声・・・。「歌」とは読むものではなくて、「歌う」ものなのだと強く思った。

 先生の歌を聞きながら、あるときは広い野原に射す曙光と西にゆっくり沈み行く月を、あるときは満開の花がピンクに霞む桃の木の下で、奈良時代風の服を来たかわいい少女がにっこりと微笑む様を、あるときは酒壺を前にぐでんぐでんになって、いっそ酒壺になりてぇよう・・とくだを巻くおじさんの姿をわたしは確かに見た。妄想かもしれないけど(笑)。

 恋の歌はいつの時代のものも好きだけれど、万葉集には恋の歌以外の歌に好きなのが多い。でもあえて恋の歌を二つ。

 われはもや 安見児得たり 皆人の 得がてにすといふ 安見児得たり(われはもや やすみこえたり みなひとの えがてにすという やすみこえたり)

 「内大臣藤原卿の、采女安見児を娶りし時に作りし歌一首」。

 安見児というのは人の名前です。采女の安見児ちゃん。内大臣藤原卿というのは、藤原鎌足。大化の改新で有名な人です。この歌は、わたしが勝手に「安見児ちゃんゲットの歌」と呼んでいる歌。

 「安見児ちゃんゲット!みんながムリめと言ってる安見児ちゃんをおれはゲットしたんだぜ~!!」というほどの意味。喜んで小躍りをする鎌足くんが目に浮かぶよう(笑)。親友男子がこんなことを言うのを聞いたら、「よかったな、鎌足!」なんて言って、いっしょになって祝杯を挙げてしまうほどのかわいらしさです。

 かつてこんなふうに喜びを分かち合った親友男子も、もはやこの世にはおりません。夜よ来い。鐘も鳴れ。日々は去り行き、わたしは残る・・・。それが恋ではないにせよ、世の無常をわたしにわからせるには十分過ぎることでした。

 わたしはかわいい少女なので(失笑)、恋の歌もかわいいのが好き(苦笑)。

 信濃なる 千曲の川の 細石も 君し踏みてば 玉と拾はむ(しなのなる ちぐまのかわの さざれしも きみしふみてば たまとひろわん)

 長野県ではたぶん有名な歌かな。「信濃にある千曲川の小さな石ころも、あなたが踏んだものならば、玉と思って拾いましょう・・・」

 いまだに胸キュン(古っ)です、こういう歌・・・。川原の小石を大切そうにそっと両手に包み込んで愛おしそうに目を細めて頬に当てたりしている娘が目に浮かぶようではないですか?いじらしくて涙が出そうです。こんな気持ちはいつまでも持ち続けていたいものだと思います。

 この歌は、「東歌」に分類されているのですが、本当にそうだろうかとわたしは思っています。なぜなら、その土地の娘が、わざわざ「信濃なる(信濃にある)千曲川」なんて言うでしょうか?わたしは言わないと思う。だからこれには別のシチュエーションがあるのではないかと思っているのですが、そうだとしても、この歌のきらきらしたよい感じは、何ら変わることはありません。

 あらためて犬養先生の歌と、総ボスの講義を聞いてみたくなりました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年9月14日

「浮世絵の正しい楽しみ方」

 4日ぶりに仕事に行く。2時から4時までは、職場の教養研修で外勤。「教養研修」とは鹿爪らしい御題であるが、そもそも教養とは何ぞや?高校のときに好きだった先生は、「教養とは、人生の道幅のようなものです。狭い道でも通れないことはないけれど、ゆとりがあった方がずっと通りやすい。教養とはその幅を与えてくれるものです。」と言った。違いない。たしかにその方が生きやすい。自分ならどういうふうに言うだろう?

 考えるに、そうだな、教養とは、面白きこともなき世を面白く生きるための道具みたいなものかなあ・・。「礼儀作法」という意味以前の本義的なsavoir vivreみたいな?ちょっと違うか。皆さんならどう答えますか。教養とは?

 講義のタイトルは「浮世絵の正しい楽しみ方」。お話してくださるのは同志社大学文学部教授の、岸文和先生。

 表題は「浮世絵の正しい楽しみ方」としたけれど、楽しみ方に「正しい」という言葉はそぐわないかもしれませんと、開口一番に先生はおっしゃった。どうなんだろう。正しいか正しくないかではなくて、ちょっと知っておくと楽しみが2倍にも3倍にもなる・・と言うほどに「正しい」ということなのだろう。「教養」と同じなのかも。

 パワーポイントやビデオを使っての目にも楽しい講義。まず最初は、政美(北尾政美)画「和泉屋店頭図」(『東海道名所図会』寛政九年〔1797〕刊を見る。江戸の出入り口にあった、和泉屋という名の絵草紙屋さんの店先の図である。当時は江戸のおみやげとして浮世絵が大人気だったらしい。

 どんな種類の絵があるか、部分部分を拡大して細かく見ていく。わたしが食い付いて、それこそ舐めるように、蟻一匹見逃さないように、細部を見てしまうタイプの絵なので、実に楽しい。店先や往来から街道筋のさんざめきが生き生きと伝わってくるようだ。

 いつの時代も、この世は憂き世に違いはないだろうけれど、今に生きる自分たちと同じように、江戸時代に生きた市井の人々もちょっとした楽しみを見つけて日々暮らしていたのだなあ、と思うとなんだか安心する、と言うか、うれしくなるのだ、いつも。

 美人画に役者絵、名所絵に相撲絵・・。美人画は武士らしき男性が、名所絵は子どもを背負った人が、じっと見ている。こんなふうに、役者絵は女性、武者絵は子ども、と絵によってそれぞれカスタマーが違っていたらしい。

 絵が書かれた時代と、絵に描かれた浮世絵の画面から、おそらくこの作品だろうと、先生が調べられた、「絵画中の作品」を見せてもらった。

 まず美人画について。。用途はいろいろとあったらしい。女性のためのスタイルブックとして。市井の美人のブロマイドとして。遊里の広告・宣伝として。おもしろいのは、人相占いとして、というもの。

 市井の美人(実在の人物)を描いた美人画は大人気で、実際にその人を見に行く人が続出。グッズやなんかも発売されていたらしい。風紀が乱れるといった理由で、ついに幕府から、市井の美人を描いてはいけない。絵に名前を入れてはいけないと通達が出たらしい。そこで、判じ絵としての美人画が登場する。

 しばらく判じ絵を楽しんだ。Photo

 歌川重宣 「いろは四十八字はんじもの」Photo_2

 これは何と読むでしょう?

 東海道五十三次の宿場の一つです。Photo_3

 判じ絵の文法。クリックして見てみてください。Utamaro063

 美人画においては、市井の美人の名前を書けないので、名前を判じ絵で表した。この読み方は?

 1・旭屋後家(あさひやごけ) 2・富本豊雛(とみもととよひな) 3・扇屋花扇(おうぎやかせん)

515z2rycczl__aa240_

判じ絵にはまりそうな人は、この本を。わたしも読みました。

 『江戸の判じ絵―これを判じてごろうじろ』 岩崎均史/著 小学館 2004年

 役者絵の話では、団十郎が海老蔵だった、ごく若いころの「暫」のビデオ、中村仲蔵の話では、『仮名手本忠臣蔵』の五段目、「山崎街道」のビデオを見てみる。

 海老蔵が、芸について、暫は、立派ななりをしているけど、まだ前髪もあるし、子どもなんです。「坊に下せぇ、手ェ手ェ(子どもがものを欲しがるときに手を差し出す動作)しやす」なんてセリフはまさしく子どもそのままで、子どもの心で演じないとできないんです・・といったようなことを語っていた。

役者絵は若い女性がきゃあきゃあと言いながら見たものでもあるが、役者のものまねをするためのテキストブックとしても作られていたというのが笑えた。町の人がこれを見ながら練習してどこかで発表するんだ、と思ったらおかしくなる。

 もう一つ、名所絵についてのお話もあるはずだったのに、時間切れで打ち切りに・・・。残念!!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年8月29日

二つの展覧会、三つの朝顔

 今日はちょっと贅沢に・・・ではなく会期がもうそろそろ終わるので、二つの展覧会に行ってきた。ほんとの贅沢は、一日に一つのことしかしないこと。作家の角田光代さんが、こんな主旨のことを前に言っていた。「本当にきちんと何かをやろうとすれば、一日一つしか予定を入れてはだめなんです。」わたしもそのとおりだと思う。でもそうもできないのが現実ってやつで・・・(^^;。Photo_2

 「京都市美術館コレクション展 第二期  咲きそめる時

 ちらしに使われている青い地に美しい花