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mercredi 23 juillet 2014

凱旋の船

013 150年ぶりに帰って来た船。

 出て行った船は、勝っても負けても、必ず帰って来なければならない。

 ようやく・・・、の思い。

 禁門の変で焼けた鉾。この復興は、東北へのエールにもなるのではないだろうか。

 この船に乗って帰って来られた神功皇后は、船出のときにはなんと妊娠中!!戦の中で無事出産。闘う妊婦なのだ。これによって、神功皇后にちなむ三基の山や鉾では、安産のお守りが授与されている。

 立派な金の御幣は、2メートルもあり、この船の大きさを後世に伝えてくれていた。

.007 この鉾、実はまだ完成形ではなく、これから先まだ数年をかけて調えられていくという。

 鉾の内部の天井の装飾もまだできておらず、木組みが見えていた。これから毎年、できていくのを見るのが楽しみだ。

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.016  後祭の鉾と山は、全部で十基。スタンプラリーもあるようで、どこもにぎわっている。

 鯉山では必ずこれを見る。

 ベルギーの毛織物がこんな遠くに来ていたとは、ベルギー人もびっくりだ。富は大切なのである。

 また、これだけの美しさを保って保存されてきた、ということもすごいことだ。人から人へ、時代から時代へ。橋渡しとなったたくさんの人々の偉大さを思う。

.019_2 役行者山では、聖護院の修験者を迎える準備が調っている。山伏問答のあと、祈祷で護摩が焚かれるのだ。

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.023 というわけで、山伏なう。

 かっこいいわ・・・山伏。

 

 八幡山にて。

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.Ca05fymf  浄妙山にて。

 山の前に立てられた、「下馬」の札の裏に「常明山」の異なる字の表記。

 会所の方に尋ねてみると、はっきりとは分からないが、明治の一時期にこの表記をしていて、道具(くじを入れる箱など)に薄くこの字が残っている上に、「浄妙山」と書かれたものがあるということだった。なぜこの表記を使っていたのかはわからない、とか。

 この山にちなむ僧兵の名前は「浄妙」と書く。

 こんなふうに、会所を回っていると、あっと言う間に時間が経ってしまう。

.027_2 美しい北観音山。

 南観音山と並んで、どちらも美しい山だ。南観音山と違って、北観音山は一般の人の拝観はできない。

 さあ、日が落ちてからはまた、今度はお囃子を聞きに出かけよう。

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