舞踏会に行きたいな
『明日は舞踏会』(中公文庫) 鹿島茂/著 中央公論新社 2000年
元本は、1997年出版の作品社の叢書メラヴィリアの4巻です。どう考えても元本の方を買っておくべきでしたorz。
さて、鹿島先生と言うとやはり、サントリー学芸賞を取った『馬車が買いたい!』でしょうか?でもわたしは断然こっちが好き。『馬車が買いたい!』の女の子版です。
鹿島先生が、共立女子大の「フランス文化史」の講義を受け持たれた際、『馬車が買いたい!』を参考図書に指定して、
「タイム・マシンで19世紀のパリに旅をして、1年間生活してきた報告書を書きなさい。1年間の生活費は、少し贅沢ができるように3000フラン(約300万円)あげますから、なににお金を使ったか家計簿をしっかりつけること」という、とてもおもしろそうな課題を出されたそう。こんな課題なら喜んで何時間でも考え続けてしまいそうです(^^)。
報告者によってレポートの内容は千差万別だったそうですけど、ひとつだけ、どのレポートでもほとんど全員が書きとめていたのが、憧れの舞踏会でワルツを踊ることができてうれしかった、という感想だった。
わたしもきっとそう書いているでしょう(笑)。それを読んだ先生が、『馬車が買いたい!』が、若い男の視点からのものになっているため、若い女の子がいまひとつ同一化できなかったようだ、と思って書かれたのがこの『明日は舞踏会』なのです。わたしはほとんどこの本で、鹿島先生が好きになりました。
19世紀のファッションプレートが図版としてたくさん挿入してあって、ヴィジュアルもきれい。本編は、バルザックの『二人の若妻の手記』を軸に、19世紀のパリの社交界の様子や、貴族の奥方(○○侯爵夫人とか)の日常生活や、恋愛と結婚、そしてもちろん憧れの舞踏会を紹介しています。というよりも、『二人の若妻の手記』の主人公の女の子たち、ルイーズ・ド・ショーリューとルネ・ド・モーコンブといっしょに、どきどき、わくわくしながら追体験できるようになっているのです。これは楽しくないわけはない(^^)!
『二人の若妻の手記』はオノレ・ド・バルザックの1841~1842年にかけて書かれた作品です。わたしは東京創元社から出ているバルザック全集16巻、鈴木力衛/訳で読んだのですが、今はこれも流通しているかどうかわかりません。新訳も出ていないもようです。
ええと、バルザックに関しては語れません。『谷間の百合』でさえ挫折したので、この作品しか読んでいません・・・。それなのに、鹿島先生が好きというのは厚顔とも思っておりますがお許しを・・・。
『二人の若妻の手記』・・・。昔の訳だからかもしれないですが、なんだかなあ・・と思わせるタイトルですね。若妻、手記、の辺りが(笑)。原題はMémoires de deux jeunes mariéesです。ああ、でも直訳なのですね。
お話の内容は、今でもよくあるシチュエーションで、女子校を卒業した仲のよい女の子どうしが、環境は違っても友情は続いてて、手紙(今ではきっとメール)で、お互いの暮らしや恋愛や日常のなんやかんやのおしゃべりをする、というもの。
書簡体小説、つまり、全編「手紙」です。手紙っておもしろいんですよ。ちょっと生の声っぽくて・・・。とここでまた手紙の形をしたすごくおもしろい小説のお話をしたくなるのですが、それはまた機会があれば。
今でも、学生時代はいっしょに机を並べていたのに、卒業して別々の職に就いたり、結婚したりしなかったり、子供を産んだり産まなかったり・・・で、思えばお互い遠くに来たもんだと思う、ということもあるでしょう?舞台は19世紀なのですが、かなり親しみの持てる内容です。
王政復古の時代に、修道院の寄宿舎を出て実世界に出て行った、プロヴァンスの貧乏な貴族の娘ルネとパリの名門、ショーリュー家のルイーズの親友どうし。ルネはプロヴァンスで地味な結婚をして良妻賢母に、ルイーズは華々しい社交界にデビューして、スペイン貴族と恋に落ちて結婚します。
ルイーズはいつも全開バリバリの恋愛体質の女の子。ありがちなことですが、ルネに送る手紙も、そこまで書くか~な内容になることもしばしば。ルネはそれに対して「いいかげんにしときや!」みたいな友を諌める手紙を送る。
時は流れ、4年後、意外な結末が待っていました。侵略すること火の如し、のようなルイーズと、静かなること林の如し、のようなルネと、読み終わった後、どちらが幸せだとお感じになるでしょうか?ルイーズに対して、これまた人生・・・とわたしは言いたくなりました。
舞踏会つながりでもう一つ紹介しようと思って、本棚から出してきたのが運の尽き、ちらっと内容を確認するだけのつもりがうかうかとまた読み始めてしまって、そのおもしろさに改めて引き込まれたこの作品。
『ドルジェル伯の舞踏会』 (新潮文庫) レーモン・ラディゲ/著 生島遼一/訳 新潮社 1982年
1924年発表の作品。作品の舞台もそんな昔ではなく、この頃です。レーモン・ラディゲはこれを書いてすぐ、1923年に20歳で亡くなっています。しかしこの作品は到底、20歳の男の子が書いた作品とは思えないほどの、人間の心理の細かな分析と深い洞察を感じます。
「あらゆる年齢にはそれぞれの果実がある。それをうまく収穫することが大切だ。しかし、若い者たちはもっとも手のとどきにくい果実を早くとろうとあせり、はやく大人になろうとあせるあまり、目の前にある果実を見落とすのだ。」
「幸福も健康とおなじようなものだ。それとは気がつかずにいるものである。」
「別離はへだてをつくるとはいうものの、それはまた別のへだてを除きもする。」
まるで箴言のようなこの言葉の数々・・・。やはりとても20歳の若者が書いたとは思えません。そこが「天才」たる所以なのでしょうが・・・。
内容は、フランソワ・ド・セリューズという20歳の若者と、ドルジェル伯夫人、マオとの恋愛・・・というか、それと認め合うまでの心の動きを緻密に分析した、という感じの作品です。確かに、90年くらい前に書かれた作品で、また、わざと古くさくしてあるわけですから、現代に生きるわたしたちからすると、「なんでここでそんな行動をするかなあ?」と奇異に思われることは多々あります。でもそういった「時代の縛り」を越えた心の機微って、あるじゃないですか?そういうところを追ってほしい。
自分がどういう心理状態で読むかによって、感想は違ってくると思うのですが、恋を恋と認めるまでの心の動きや、恋に落ちる瞬間などは何もドラマチックなことはないのに、読んでいて非常にどきどきするものです。
と、ここで何かほかの小説を思い浮かべた方もいらっしゃるのではないでしょうか。この作品と明らかに同質なあの小説。それを紹介するのもまた機会がありましたら。
この系統の小説、「心理小説」と言いますが、これはフランス小説の真骨頂であるなあ・・・と、わたしはエラそうに言ってみたくなりました。
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Commentaires
鹿島先生の本も、ラディゲも大っ好きです・・!!!
この2冊、何回も何回も読み直しましたよ!
はたこさまと語り合いたいです(>_<)
ラディゲの「肉体の悪魔」も好きです♪
でも、心理小説なら、若者ならではの憂鬱な心情を的確に描いたミュッセやシャトーブリアンもお気に入りですね。
彼らは確か、ラディゲより年上だったでしょうが、そう思うと、ラディゲの方がはるかに年いってそうですね・・(^^;
Rédigé par: あみあみ | le lundi 25 juin 2007 à 10:26
あみあみさん、
鹿島先生、大っ好きなんですね!!すんごくうれしいです!
わたしはこれと、「パリ五段活用」がお気に入りです。鹿島先生の語るフランスってとても生き生きしていますよね。
これはぜひ語り合わねば~~。
「肉体の悪魔」、イタリア版の映画とかも見てました。ほんとにラディゲは年齢詐称かと思うほどの才ですね。
あみあみさんもたくさん本を読んでらっしゃるのですね。わたしはかなりインチキなので、シャトーブリアンなど手付かずですよ~^^;。
ミュッセはジョルジュ・サンドに振られたおかげ(?)で、いい作品が書けたんでしょうか。邪推??
Rédigé par: はたこ | le lundi 25 juin 2007 à 22:36